冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す

「昨夜…妻になれと、言われましたが…。」

つい、聞きたかった事を聞いてしまう。

「それは俺の意思であって、
香世がそう思わないのであれば断ってくれて構わない。」

衝撃的な発言で、香世は正臣を見つめてしまう。

目線が交わり正臣も香世を見つめる。

嘘偽り無い真っ直ぐな視線に香世は見惚れてしまいそうになる。

この人は父のように、人を支配したがる人種なのかと思っていた。
だけど本当はその真逆のなのだと気付く。

「私が、決めていいのですか?」

「本来、そう在るべきだろう?
女子だからと従うべきでは無いし、男だから従わすべきでも無いのだ。
自由意志で決めてくれれば良い。」

「私の、自由に、決めてもいい…。」

香世は信じられ無くて、つい口に出してしまう。

「ただ…俺も見す見す香世を手放したくも無いから、抗うかもしれないが…。」
そっぽを向いて正臣はそう言う。

この人は、私の為に多額のお金を払ったのに、支配しようともせず自由に生きろと言う。
だけど、簡単には手放したく無いとも言う…。

なぜ…私の事をそこまで思ってくれるのだろう?

香世は深く考え過ぎて手が止まってしまう。

正臣はその様子を見て、咎める事無く自分でボタンを留めようとし始める。

ハッと気付いた香世が慌てて、1番上のボタンに手をかける。

その瞬間にぎゅっと抱きしめられて、
心臓がドクンと大きく脈打つ。

「つまりは…。
俺は香世を欲しているが、
香世が俺を欲しないのならば、力尽くで跳ね除けろ。」

抱きしめながら言う言葉なのかとも思うが…

香世は跳ね除ける事も出来ず、
かと言ってどう受け止めるべきなのかも分からない。

「もう少し、お時間を、
    ……頂きたく思います。」
小さな声でそう言うのが精一杯だった。

「そうだな。事を急かす訳では無い。
俺の感情がそうさせてしまうだけで、
そなたを困らせたい訳では無いのだ。」

そう言って、そっと離れて行く。

正臣は思う。

男は本来心が弱い生き物で、女は強い生き物なのだと。

弱いから男は力で女を支配したがり、
強いから女はそれを許してくれるのだ。

香世は俺無しでも強く生きられる意志を持っている。

それは初めて会った時から分かっているのだ。

ただ、
その強さに憧れにも似た感情を持っている俺は、どうしようもなく惹かれてしまう。

彼女を支配したいのでは無く、共に在りたいと思う。

とどのつまり、
俺自身が香世を必要だと言う事だ…。


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