冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す
「おはようございます、お姉様!」
そう言って、香世に抱きついて来たのは弟の龍一。

樋口家の長男であり、
春から尋常小学校に通う事になっている、
樋口家に産まれた待望の跡継ぎだ。

香世の家はかつて由緒正しき貴族であった。

しかし、父が投資に失敗し途端に没落の道を辿った。

元々体が弱かった母は、
龍一を産んだ後、
産後の肥立ちが悪くみるみる痩せ細り、
龍一の2歳の誕生日を迎える前に亡くなってしまった。

その為、香世が母代わりとなって小さな弟の世話をして、女学校時代は慌ただしく過ぎて行ったのだ。

周りの同級生は許嫁の話やお見合い話しに花を咲かせ、素敵な殿方を見てはキャーキャーと囃し立ていた時、
香世は1人龍一のオムツ替えに勤しみ、

何のときめきも素敵なエピソードもないまま、女学校を卒業したのであった。

その頃から父の会社は悪化の一途を辿り、
それをどうにか取り繕おうと、
大きな投資の話しに手を出した父は資産をも使い果たしてしまう。

別荘と土地を売ってなんとか会社は倒産せずに残ったものの、自転車操業で耐えている状態だ。

樋口家の生活も途端に貧しくなり、
家の家財を売ってなんとか凌いでいたが、

今年に入って2年前にお嫁に行った姉は離縁をされて戻って来た。

姉は正真正銘のお嬢様だった。

家事の一つも出来ず、
着替えさえも人の手を借りなければ出来ない箱入り娘だったから、実家の価値が無くなった今、三下り半を突き付けられたのだ。

生憎、子には恵まれなかったから離縁というのは簡単なもので、
身一つで一緒について行った乳母と共に
人力車で帰って来た時は、流石に香世も呆気に取られたものだった。
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