冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す
香世は、昨晩泣いてしまった事を後悔する。

あの人はきっと泣いた私を気に病み、
心を痛めてしまったのではないだろうか。

今は軍人とは思えぬほど優しく繊細な方なのだと思うし、
正臣様の方こそ生きづらい人生を送っているのではと、心配になる。

正臣が入浴している間、
気持ちを平常心に取り戻そうと、香世は与えられた自室に戻り部屋の片付けに勤しむ。

何かしていなければ騒つく心がどうしようも無く高鳴ってしまう。

こんな状態で正臣とこれから上手くやっていけるのだろうか…
不安と心配で押し潰されそうになる。

だからといって帰る場所は何処にも無い。

明日からこの場所で何をどうしたって生きていくしか無いのだ。

高鳴る胸の正体も分からぬまま、
香世はソワソワする心をどうにか落ち着けようとする事で頭がいっぱいだった。

「香世、風呂が空いたから入って来い。」

襖の向こうで足音がしたかと思うと、
正臣がそう声をかけてくれる。

「はい。」
香世は返事をして立ち上がり、替えの寝巻き代わりの浴衣を持って暗い廊下に出る。

正臣が髪を手拭いでガシガシと拭きながら、寒い廊下で香世が出て来るのを待っていた。

「足元が見にくいから、行灯を持って行った方がいい。」

「あ、ありがとうございます。」
行灯を譲ってくれるのかと思い手を差し出すと、なぜか手を握られ歩き出す。
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