冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す
翌朝から正臣との2人の生活が始まる。

真子がいない事に少し寂しさを感じてしまう香世だが、気持ちを引き締めて早起きをする。

水仕事はするなと禁じられているから、
少し手持ち無沙汰に困るが、お掃除なら問題ないだろうと玄関の掃き掃除をする。

春の朝はまだ肌寒いが、
清々しいほど爽やかな風が吹き、
気持ちも新たに気合いを入れて箒で枯葉を集める。

庭の片隅につくしを見つけ春を感じて嬉しくなる。
「おはようございます、新聞です。」
走りながらやって来た新聞屋さんから
新聞を手渡される。

「ありがとうございます。」
香世は振り返り、走り去る後ろ姿に頭を下げる。

不意に新聞屋が振り返りこちらに戻って来る。
香世は不思議に思いながら首を傾ける。

「樋口様、ですよね⁉︎
僕、商店街にある本屋の息子です!
最近見かけないからどうしたのかと思っていたんです。」

あっ、と思って香世は微笑む。

「ご無沙汰しております。」
と、頭を下げる。

「お元気そうで良かったです。
こちらには奉公で?」

「…そのようなものです。」
香世は上手く自分の今の状況を話す事も出来ず、曖昧に答える。

「また、うちの本屋にも来て下さいね。」
と、にこやかに走り去って行く。

その背中を見送りながら、
香世は枯葉を塵取りで集めていると、

ガラガラっと音と共に玄関が開き、
正臣が着流し姿で出て来る。

えっ?と思いながら見ていると、
こんな事はしなくてもいいと言うような怪訝な顔をされ、箒と塵取りを取られて手首を掴まれ玄関に連れ込まれる。

「お、おはようございます。」

香世は呆気に取られながらも正臣に挨拶をする。
「…おはよう
…香世は女中のような事はしなくていい。
手が冷たい早く温めろ。」
ぶっきらぼうにそう言われる。

少し機嫌が悪いのかしら?と香世は思う。
ここ何日か正臣との時間を積み重ね、
表情の乏しいながらも何となく気持ちが分かるような気がするから不思議なものだ。
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