冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す
「あっ、新聞です。」
と、居間に入り正臣に手渡す。

「…さっきのヤツは知り合いか?」
正臣は思わず、苛立ちを隠せずに聞いてしまう。

「あの…良く通っていた本屋の息子さんです。
久しぶりに会ったので、驚かれたようで少しお話しをしました。」
香世はありのままを伝える。

「そうか…。」
正臣はどうしても感情が邪魔をして、
不貞腐れたような態度になってしまう。

香世はお茶を淹れる為、
正臣が座る火鉢の近くに行って
お茶を湯呑みに注ぎ正臣の側に湯呑みを置く。
手を引く時にパッと手を正臣に取られる。

ドキッとして香世は目を丸くするが、
正臣は気にも止めず、香世の手を包み込むように温める。

「手が冷たい。」

始めの日は冷たく感じた言葉も今では優しさを感じる。
正臣が心配していた香世の手の荒れもこの2、3日で幾分良くなってきている。

「どうしても何か家事をやりたいのなら…
部屋の掃除にしろ。」

「はい…。申し訳ございませんでした。」

香世は外に出るなと言われていた事を思い出し、正臣から手を握られながらも頭を下げる。

「別に…香世を咎めている訳ではない。」
正臣は罰の悪い顔をする。

「いえ、外に出るなと言われていたのに…
気を付けます。」

外に出るなと言ったのは、他でもない香世の為だと思っての事だったのだが…

世間は噂話が絶えないし、
香世は若く可愛らしいから、変な虫が付かないかと過剰に心配しただけだったのだ…。

「いや…、気にするな。」
香世に謝らせてしまった事で、
今までの自分の態度はどうなのかと正臣自身も反省する。

「香世の行動を制限するつもりは無い…
どこかに行きたいのなら…自由にしてくれ。」

朝、ふと聞こえた男の声に、
香世と笑顔を交わすその男に、
苛立ちを覚え、嫉妬してしまったせいで、
要らぬ苛々を香世にぶつけていた事に気付く。

大人気ない自分に不甲斐無さを感じる。

香世のことになるとどうしても
衝動的な気持ちを抑えられない。 

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