冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す
自宅前で俺を下ろし、国有車を返す為真壁は議事堂へと戻る。
やっと自宅に戻り、玄関までの石畳を速足に急ぐ。
ふと腕時計を見ると9時を過ぎていた。
玄関の外灯は付いているが、
さすがに香世は寝ているだろうな、と思い
寂しさを覚えながら玄関の鍵を自ら開けようと鞄から鍵を探す。
すると中から明かりが灯り人影が浮かぶ。
ハッと思い、目を凝らすと中から
「…正臣様、ですか?」
香世が伺いながら恐る恐る言うから、
「ああ…そうだ。」
と、答えると、
ガラガラと扉が開き香世が姿を現す。
「お帰りなさいませ。
お勤めお疲れ様でございました。」
頭を深く下げて出迎えてくれる。
「ただいま…」
香世が頭を上げ俺をハッとした顔で見る。
「どうした?」
香世が目を見開き驚く顔で俺を見るから、
怪訝な顔をして中折れ帽をとる。
「あ、あの…、朝と格好が違っていたので…
びっくりして…。」
「ああ、要人警護の時は目立たぬように軍服を脱ぐんだ。」
見れば香世は寝巻きの浴衣に半纏を着込んだだけの格好だ。
「風邪を引くぞ。」
急ぎ手を取り居間へ促す。
握った香世の手がヒンヤリと冷たくそれだけで心配になる。
「寝てなかったのか?」
部屋に入り、香世を火鉢近くに座らせる。
俺は自分でクロックコートを脱ぎハンガーに掛ける。
すると香世が慌てて立ち上がり、
甲斐甲斐しく俺の世話を焼く。
「1人で大丈夫だったか?」
背広を脱ぎながら香世に話しかける。
「はい…。お借りした本を読んでいたら夢中になり過ぎて、いつの間にか時間が過ぎていました。」
「そうか。それより顔色が悪く無いか?
ちゃんと夕飯は食べたのか?」
心配し過ぎかもしれないが、
どうしてか香世の事になると、
些細な事でも気になり聞いてしまう。
「お夕飯は1人なので申し訳なくて
…自分で軽く作って食べました。」
「女中は食事の支度も仕事のうちだ。
申し訳ないなどと思わなくて良い。
それが彼女達の仕事なんだから。
それにちゃんと食べないと駄目だ…香世は食が細いと思う。
ああ、そうだ。これ手土産だ。」
香世に前田に用意させたカステラの入った紙袋を渡す。