冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す
足を自分でそそくさと洗い流し、
渡された手縫いで拭く。
反対側の足を香世が丁寧に拭いてくれるから自分を制御する事に精神を集中する。
普段、手を握るだけでも戸惑う香世が、
こう言う事は平気なんだなと意外に思っていると、
「母が亡くなる前、自宅で介護をしたのを思い出します。」
香世がポツリと話し出す。
「母上を、家で看取ったのか?」
「はい…。
母が望んだので私が介護をかって出ました。こんな風に体を綺麗にしてあげると、
母が穏やかに笑ってくれて、
今思えば1番幸せな時間だったと思います。」
香世が穏やか笑っている。
その笑顔が眩しいなと思いながら、
俺も思わず笑顔になる。
「カステラを切って来ます。」
そう言って1人、足を洗った桶を持って出て行こうとするから、
「俺が片付ける。」
と、多少強引に奪う。
「あ…ありがとうございます。」
香世が行灯を持って足元を照らしてくれる。
台所へ2人移動してお湯を捨てる。
「正臣様、お仕事でお疲れだと思いますので
お部屋でお寛ぎ下さい。
直ぐにカステラをお持ちします。」
香世が心配顔で俺を見てくる。
「香世と居れば疲れは直ぐ癒される。
気にするな。」
そう言うと、香世が赤面して俯いてしまう。
無意識に香世に触れたくなる己の手を意識的に制御しながら、怖がらせない様距離を測る。
そんな心内をひた隠し、何気ない風を装い
手縫いを濯ぐ香世の手元を行灯で照らす。
ああ、また手が荒れてしまうと勝手に心配になる。