シロツメクサの約束~恋の予感噛みしめて~
 その藁をもつかもうとする姿が、先週の自分を見てるようだ。

 嫌がる男の子はなんとか逃げようとするが、母親が彼の肩をがっしりと抑えている。

「しっかり見てみないとわかりませんが、おそらく前歯がわずかに欠けていますね。レントゲンしたほうがいいな。もうちょっとよく見せてくれる?」

「うう、痛いの嫌だ、いやだぁ」

 子供はスクラブ姿の朝陽くんを見て、怖くなってしまったようだ。

 朝陽くんから顔を背けるとついに泣き出してしまった。

 かたくなに診察を拒否している。きっと私と一緒であまり歯医者が好きではないのだろう。

 朝陽くんは今すぐに診察したほうがいいと判断したようだ。

「すでに助手などを帰しているので、僕ひとりで診ることになりますがいいですか? お母さん」

「はい、もちろんこちらが無理を言っているのでかまいません」

 母親は了承したものの、子どもの方は頑として拒否している。

「嫌だぁ、ママ~」

「空(そら)。ママは――」

 何とかお母さんがなだめようとした瞬間、お母さんの抱っこしている抱っこ紐の中で赤ちゃんが泣きだした。お母さんの意識が赤ちゃんの方へ向く。

「あ~泣かないで。今は、泣かないで」

 いつもと違う空気を感じ取ったのか、赤ちゃんまで泣きだしてしまった。

 朝陽くんも困った様子で頭を掻いていた。治療以外は専門外なので仕方がないだろう。

 その様子を離れたところで見ていた。ふとお母さんの横顔が見えて「あれ?」と思う。

「もしかして、遠藤(えんどう)空くんのお母さんですか?」

 見知った顔だと思い、声をかける。

「え、稲美先生、どうしてここに?」
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