推し一筋なので彼氏はいりません
《佐山暁良side》
少し散歩をする気持ちで、あてもなくその辺を歩いている時に、たまたま菅野さんと会った。
久しぶりに菅野さんの顔を見て、なんだか心が落ち着いた。
この1ヶ月と少しの間うちは大変だったから、ずっと気が張りつめてしまっていたんだと思う。
問題が発生したのは、俺はたまたま出かけていた日だった。
母さんが忘れ物を取りに一時帰宅した際に、うっかり愛人を家に入れて、そこに父さんが帰ってきてしまったらしい。
周りにはバレないようにするのがふたりの暗黙のルールだったのに、大方こんなところを近所の人に見られでもしたら、って父さんがキレたんだろう。
俺が家に帰った時の家の空気は既に最悪だった。
そしてうちはもう崩壊寸前。
母さんと別れて愛人と再婚する気の父さんと、別れたら金づるが居なくなってしまい困るため父さんに縋る母さん。
元々壊れていたくせに上辺だけを取り繕ってきたふたりの今の状況に、むしろ清々しささえ感じてはいた。
でもその状況でさすがに家にいるのはしんどくて、少し遠いけどおばあちゃんの家に住まわせてもらっていた。
───
──
しばらくは学校に行けないけど、学校に許可は取ったし、父さんの事だから1ヶ月もしないうちにさっさと母さんを切って愛人の所にいくだろう。
そしてきっと俺に対しては金の援助をしてくれるだろうから、そうなったらアパートでも借りて、そこから学校に通おう。
「疲れた。」
畳の上に寝転がって、何をする訳でもなく天井をみつめる。
こんな時間今までにあっただろうか。
あの家はなんとなく酸素が薄い感じがして、居心地が悪かった。
何かしてないとそれをもろに感じるから、本を読んだり勉強したりしていた。
「あきちゃん夜ご飯何がいい?」
「なんでもいいよ〜。おばあちゃんの作るご飯、全部美味しいから。」
「あら。嬉しいこと言ってくれるじゃない。」
こういうやり取りもなかったな。
そもそもご飯何がいい?以前に、うちの家に会話というものが存在していただろうか。
時間になったらみんなで一緒に食事をするけど、同じ食卓にいても透明な分厚い壁でもあるのかというほど静まり返っていて、決して楽しい時間ではなかった。