ムーンサルトに 恋をして

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運転して彼を送り届けないとならないから、お酒は飲めない。
タクシーを呼ぶという手もあるけれど、お酒を飲んだら7年前と同じになりそうで怖い。

今日はちゃんと素面で彼を見つめてていたいから。
次いつ会えるか分からない私は、彼の姿を1秒でも多く、目に焼き付けておきたい。

食器を片付けながら、珈琲を落としていると……。

「ナナ」
「ん?」

彼がキッチンまで呼びに来た。
濡れたままの手を彼に掴まれ、リビングへと連れて行かれる。

2LDKのマンション。
郊外という事もあって、間取りは十分なほど広い。

L字型のソファーに座らされ、エプロンで濡れた手を拭き上げると。
彼は私の左手薬指に少しごついシルバーリングを嵌めた。

普通は、『はい、どうぞ』的に差し出すんじゃないの?
相手の了解無しに勝手に嵌めるのもアリ?
まぁ、それがジルらしいんだけど。

「ありがと」

お礼のキスを頬に軽くチュッとすると、嬉しそうな表情の彼。
離れてる間は、これで我慢しろってことなのね。

私の次の配属先は兵庫県。
彼は千葉から北上しながら東北方面へと進むらしい。
だから、暫くは遠距離恋愛になる。

自然と絡まる視線。
残り時間が1秒また1秒と削られてゆく。

そんな切なさと焦りと。
そして、だからこそ気付く、愛おしさを確かめるように。

触れる唇から漏れる吐息が熱くて。
絡まる指先からも伝わる恋しさ。

「どっち?」
「……あっち」

彼が耳元で呟く。
寝室の場所を……。

軽々と抱きかかえられ、そっと下ろされた場所はもちろんベッドの上。

エプロンの結び目が解かれ、纏め上げているバレッタも取られて。
Tシャツの上からブラのホックが外された。

お酒を飲んでない分、意識がはっきりとしていて。
7年前は曖昧だった彼の仕草が、今はしっかりと分かってしまう。

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