夕日みたいな君と,時間を忘れて手を繋ぐ。
そんな出来事があったからだろうか。

次の夜には,珍しく彼女は俺に家族の話を求めた。

父親がいて,母親がいて,それから弟が一人。

同居の家族を挙げていくと,その人は弟に反応する。



「何歳? どこ高? 中?」

「中2。梶海(かじみ)中」

「あー梶ちゅーかあ」



興味があるのかないのか,その人は空を仰いだ。



「弟どんな感じ? 名前は? やっぱり喧嘩とかするの? 相談とか恋バナは?」



ぐいぐいくる。

信じられないくらい。

それはもう,別人にでもなったのかと思うくらい。

きらきらきらきら,悔しいくらいに瞳を爛々とさせて。

俺に顔を近づける。



堤 春陽(つつみ はるひ)。春の陽ではるひ。温かそうだろ」



ブランコから落ちるぞと座らせ距離を取った俺は,弟の名前をなぞるように口にした。

久しぶりの音に,舌が一抹の寂しさを生んだのはきっと気のせいではない。



「うん。運動できそう」

「今どんな,は……俺にもよく分かんないや」



俺を見なくても,たったそれでだけで反応してしまうその人は。

小さな微笑みを消して,ブランコにしゃがみ直した後,膝を抱いた。



「仲,よくないの?」



震えている声が,鎖を強く握って俯いたままに身体を支えるその姿が,俺と彼女の姿を脳に映す。

気にしいな彼女だからこそ溢してしまった俺は,きっと誰よりもずるい。



「いいとか悪いとかじゃなくて……顔,見てないから。……不登校,なんだよ,弟」



ほんとはずっと,誰かに聞いて欲しかった。



「どうして?」



誰かに話したくて,反応して欲しかった。



「知らない。分からない。あいつ何にも言わないんだよ,だんまりで,ほんとに理由なんて無いみたいな顔して。もう,後少しで1年だ」



その役目を,俺は出会ったばかりの女の子に,都合がいいからと押し付けた。
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