吸血鬼令嬢は血が飲めない
その言葉を認識した瞬間、スアヴィスの大きな腕と一対の蝙蝠の羽が、わたくしを強く抱え込みました。
「ぐえっ!」
締め上げられている…わけではありません。どうやら彼なりの“抱擁”を受けているようです。
興奮が抑えられないのか、彼は声に感情を乗せ、ぶつけてきました。
「…お嬢様…!
勿論です!私の行動すべてはそのためにあったのですから…!
あぁ、150年ぶりに聞くことができました。」
「ちょっ、く、苦しい…!」
貧血でカラカラの枯れ木のような体になんてむごいことを。
かと思えば、彼はすんなりと体を解放し、突然自身の指先を噛みました。
彼の指先から、赤黒い血が滴ります。
獣から搾り取ったものとは違う、吸血鬼特有の血。
スアヴィスは濡れた指先を、わたくしの唇へと運びました。
「お召し上がりください、お嬢様。
貴女の体に生命を取り戻すために。
…私が、お嬢様をどれほど想っているのか、嫌と言うほど知っていただくために。」
スアヴィスの言葉の、後者の意味は分かりませんでした。
わたくしは指先をじっと見つめます。それは150年間拒絶し続けたもの。…しかしなぜか“スアヴィスの血”だと思うと、わたくしの恐怖は少しだけ薄れたのです。
「…あ……。」
わたくしはようやく気づきます。
彼になら命を奪われてもいいと思えた。わたくしは何よりも、スアヴィスのことを信頼していたのです。
わたくしはおずおずと唇を開き、スアヴィスの指を迎え入れます。
舌でその血の味を感じた瞬間、大きな衝撃を受けました。
「!!」
血からは、スアヴィスの“本心”の味がしました。
恐ろしくて、優しくて、美味しい。
無表情な彼は何を考えているか分からない。
でもその身に流れる血には、ただわたくしへの“愛”しかない。
真っ黒に歪んだ、優しく、甘い味でした。