吸血鬼令嬢は血が飲めない

バートランド城内は侵入者を徹底的に排除するため、至る所に罠が張り巡らされています。
もっとも、100年以上もこの城を家として生きるわたくしは、どこに何の罠があるかを熟知しています。防犯システムが過激になった程度ですわ。

「…あ、だめですわ。ここの廊下は全速力で駆け抜けないと、鉄槍が飛び出す………気がします…。迂回しましょ…。」

「よく分かるのねぇレギナさん。」

フラフラのわたくしを導きながら、ラクリマは恐れを知らぬ足取りで城内を進んでいきます。
わたくし達の数歩先を先導するニクスは、しきりに周囲の匂いを嗅ぎ、少しでも嫌な気配のする位置ではピタリと止まります。

「…ほら、ニクスも嫌な気配を察してますわ。お利口ですのね。」

驚くべきことに、その場所はまさに、罠発動の一歩手前の安全地帯だったのです。

ニクスは、並みの吸血鬼相手にも怯まない勇敢な猟犬。下手に敵認定されたら虚弱なわたくしでは、かないっこありませんから、こうして味方と思ってもらえるのはありがたい。

「ウッ…ウゥゥ……。」

「え、レギナさん!?大丈夫?
ニクスの唸り声かと思った。」

安堵したのも束の間。わたくしの全身からみるみる血の気が引いていきます。貧血が無視できないレベルまで迫ってきたみたい。

もしここでわたくしが倒れたら完全にお荷物…。さらにスアヴィスに見つかりでもしたら、生きて明日を迎えられる保証は無い…。

「……ラ、ラクリマ…。わたくしちょっとお腹が空いて……。厨房に寄っても、構いませんかしら…?」

恥を忍んで、令嬢にあるまじき食い意地の張ったお願いをしてみます。
厨房なら牛乳がある。それを飲めば少しは栄養補給ができるはず。

「ええ、もちろんよ!
お腹が空いては力が出ないものね。
すぐに行きましょう!」

「…ラクリマ…!」

ラクリマは少しも訝る様子なく、わたくしのお願いを素直に聞き入れてくれました。
なんて優しいの…。聖職者と聞いた時は心底驚きましたが、やっぱりこの子は正ヒロインですわ。
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