毎朝、甘い
第11話
○放課後の教室
先生「委員長、ちょっとプリント作り手伝ってくれないか」
唯「は、はい」
○人気のない校舎裏 夕方5時頃
唯「遅くなっちゃった…」
校門へ急ごうとする唯。
ガサッと音がして、脇にある花壇に目をやる。
身体をかがめて草むしりをやっている生徒会長。
唯「生徒会長!」
ふっと顔をあげ、唯を見る流衣。
流衣「あ…また偶然会ったわね」
唯、さっとカバンを置いて流衣の近くに行き、しゃがみこむ。
唯「手伝います」
流衣「悪いわね…明日、教育委員会の方とかが来るから…こういうところも綺麗にしとかないと」
唯「はあ」
黙々と草むしりをする、二人。
流衣「昨日、レオと抱き合ってたわね」
唯(嘘!見られてた!)
唯「あ、あのっ…」
真っ赤になり、しどろもどろ。
流衣「つきあうことになったの?レオと」
唯「えっと…告白、されました」
唯(わーなんで、こんな正直に言っちゃうの、私!)
流衣「そう…意外だったわ。レオのタイプって知らなかったから」
ふっと息をつく流衣。
流衣「でもね、前にも言ったように、あの子には時間がないの。今、頑張っておけば史上初の高校生バリスタチャンピオンも夢じゃないのよ」
唯「あの…竜崎君が、そうしたいと言ってるんですか」
流衣「レオはのん気なのよ。やれば結果が出るのに、欲がないって言うか。だから周りの人間がよく見ておかないといけないの」
唯、流衣の言葉がしっくりこない。
唯「えっと…そういうことって…竜崎君が決めればいいと思うんですけど…」
流衣「え?」
唯「あ、ごめんなさい、偉そうに…でも、なんか、竜崎君の淹れるコーヒーってそういうコンテスト用とかじゃなくて.…もっと素朴に美味しいっていうか…」
流衣、眉毛がぴくっと動く。
流衣「あなた、レオのコーヒー飲んだこと、あるの?」
唯「あ、はい。竜崎君の部屋で…淹れてもらいました」
流衣、ちょっと驚いた顔をする。
流衣「そう…あの子、ガードが固いのに…」
唯「え?」
流衣「クラスの人気者の割にね、意外とプライベートは明かさないのがレオなの。そのレオが部屋に入れたってことは…あなた、だいぶ好かれてると思う」
唯「そ、そうでしょうか…」
流衣「私ねえ。味覚障害があるの」
唯、話しが、がらっと変わって驚く。
流衣「子供の頃に出した熱が原因でね。おかげで、コーヒーの微妙な味もわからない」
唯、黙ってきくしかない。
流衣「父は、自分の娘もバリスタにしたかったのよね。私も、店を継ぎたかったし。でも、味覚が…ってね。父は、ずっとバリスタになる見込みのある子を探してた。そこにやって来たのが、レオだったの」
唯「そうだったんですか…」
流衣「レオ、すごく才能がある。知識も技術もぐいぐい吸収していって、父はすっかりレオを一流のバリスタにするって喜んでるわ」
唯(そうか…やっぱり、竜崎君はすごいんだ…)
流衣「私、ずっと見てたの。レオが食器洗いから始めて、ちょっとずつカフェの仕事に慣れていって…目をキラキラさせて、『流衣、俺、コーヒー淹れさせてもらえた!』って言ってくれたときのこと、覚えてる」
遠くを見る流衣。
唯、胸の内がきゅっとなる。
唯(きっとこの人なりのやり方で…竜崎君のこと、好きなんだろうな)
唯「あの…私」
手にぎゅっと力を入れる。
唯「ずっと…竜崎君と生徒会長が一緒にいるとことか見て、嫉妬してて…それは、やっぱり…私が、竜崎君のことを、好きだからだと、思います」
唯(この人に隠しちゃダメだ…本音でぶつからないと、失礼だ)
流衣、ふっと笑う。
流衣「両想いってことね。よかったじゃない」
唯「私…生徒会長には敵わないかもしれないけど…私なりに竜崎君を応援します。だ、だから…時々、『マリア』にコーヒー飲みに行っていいですか…?」
流衣「…レオの邪魔をしたら、容赦なく怒るわよ。いい?」
唯「は、はいっ!」
夕暮れの校舎裏の花壇。綺麗に草が無くなってる。
○翌朝。レオの部屋で
テーブルの唯が作った朝食を食べるレオ。
レオ「うん。今日もうまい」
唯「よかった…」
俯いていて、レオの顔を見ようとしない唯
レオ「ん?なんで固まってんの」
唯「あ、えっと、あの」
顔を赤くして、しどろもどろ。深呼吸して、言う。
唯「わ、私も、レオ君のことが好きなので…つきあってくださいっ」
レオ、目を見張る。
レオ「マジか」
唯、こくん、と頷く
レオ、はーっと息をつく。椅子から立ち上がり、唯に近づく。
唯のおでこに、自分のおでこをくっつける。
レオ「サンキュ。嬉しい」
唯、かあっと赤くなりながら
唯「う、うん」
レオ「あのさ、木曜日バイト休みだから放課後、デートしないか?」
唯(…!初デート…!)
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第12話
○昼休みの理科室 唯とまなの他、誰もいない 二人でお弁当を食べている。
まな「ええっ、竜崎とつきあうことになった?!」
唯「まなちゃん、声が大きい!」
まな「ああ、ゴメンゴメン。しかし、へーびっくりだね。どっちが告ったの」
唯「竜崎君…」
唯、顔が赤い。
まな「ほほー、やったね、竜崎。おかしいと思ったんだよ。竜崎人気者だけど簡単に懐に入らせないみたいだったから。何で唯を部屋に入れたのかなって思ったんだよねえ。
やっぱ、唯に最初から気があったんじゃない」
唯「それはわからないけど…私もまだ夢見てるみたいで…竜崎君パリピじゃなかったし、バイトも真面目にやってるし…なんか知れば知るほどいいな、って思う…」
まな「言うねー。唯ってこういうマジでのろけるタイプだったんだ」
唯「だ、だってこういうの生まれて初めてなんだよ。どう扱えばいいかわかんないよー」
まな「それもそうか。初彼が竜崎ってハードル高いかもねえ」
唯「や、やっぱり?!今日、初めてのデートなんだけど、もう心臓バクバクで…」
まな「そかそか。で、どこに行くの」
唯「ちょっと街をぶらっとして、お茶して帰る…竜崎君の気になってるカフェがあるんだって」
まな「ふーん。よいね。あれ、晩御飯はどうすんの?唯のお母さんも帰り遅いし、竜崎も一人暮らしじゃん」
唯「実は…そうなるかもってビーフシチュー仕込んできた…」
まな「でかした。唯、初彼の割には、気が利いてるぞー。でも、まあ、それくらいは竜崎も想定内かもねえ。朝ごはん、作ってあげてるし」
唯「先生、やっぱデートって意外性とかサプライズが必要?」
まな「あるにこしたこと、ないよね。そうだ、部屋に二人きりなったら唯から襲っちゃえば?ほら、サプライズ」
唯「そそそそんなこと、とんでもないよ!私からなんて無理無理無理」
まな「そう?意外と期待してるかもよ、竜崎。まあ、唯から襲うことなくても竜崎からってのはあるかも」
唯(竜崎君、スキンシップ多いけど…まさか…!)
唯、目がぐるぐるに。
まな「唯、デートって時間帯でムード変わるよ。いつも朝一緒にいるけど、夜は初めてなんでしょ。ドキドキ夜のおうちデート、だね」
唯「まなちゃん、これ以上ドキドキさせないでよ~」
まな「わかった、わかった。でもデート前にちょこっと準備しとこ」
唯「準備?」
○放課後 図書館横の公園
唯、公園のベンチでレオを待っている。
レオ「唯、悪い。待ったか?」
唯「ううん。大丈夫。今来たとこ」
レオ「あれ。なんか、顔、違うな」
唯「そ、そう?」
唯(まな先生!作戦、成功!リップかしてくれてありがとー!)
回想の1コマ 昼休み、まなが唯に「はい、準備」と言ってリップを貸しているところ。
唯とレオ、商店街のアーケードの中を歩き出す。時折、雑貨屋さんやペットショップを見たりする。楽しいムード。
○喫茶ふくろう 商店街の中にある、老舗の喫茶店。
レオ、出されたコーヒーを一口飲む。
レオ「うん…香りがいいな。酸味もある」
唯「やっぱり、違いがわかるんだね、レオ君」
レオ「いろいろ研究しないとな…独りよがりって格好悪いだろ」
唯(そんなこと考えてるんだ…)
レオ「なあ、設定ってあっただろ」
唯「せってい?」
レオ「ほら、クラスの奴らには、俺と唯に接点はないように見せる、ってやつ」
唯「あ、うん。…私としては、もう少し今のままがいいと思う。レオ君、大事なバリスタの試験控えてるでしょ。あんまりざわつかせたくないの」
レオ「…ん。サンキュ。唯は、いいのか?」
唯「え?」
レオ「私の彼氏ですーってやりたくねえの?」
唯「い、いいよ。別に見せびらかすものじゃないと思う」
レオ「そっか。それもそうだな。俺も、見せびらかすより唯を独り占めする方がいい」
唯「独り占めって」
唯、かあっと赤くなる。
いろいろ話しこんだりして、二時間くらい経過。
テーブルの上、ケーキやパフェを食べたのがわかる。
レオ「もう18時だな…この後、どうする?」
唯「うん。じゃあ帰ろうかな」
レオ「お母さんの晩飯作るんだろ」
唯「ううん。それはいいの。昨日の夜、ビーフシチュー仕込んでおいたから」
レオ「そんなこともやってんのか…そのビーフシチュー、俺も食べたい」
唯「多めに作ってあるから大丈夫だけど…」
レオ「マジ?じゃ、俺の部屋で一緒に食おうぜ」
唯「うん!」
唯(デート延長!やったー!)
まなの声が蘇る。
まな『ドキドキおうちデーとだよね~!』
唯(そんなことないと思いたいけど…竜崎君わかんないからな…!)
○竜崎の部屋
夕食を食べ終えた二人。ソファに腰かけてる。唯はエプロン姿のまま、レオがコーヒーを淹れてくれたのを飲んでいる。
唯「…やっぱり、竜崎君のコーヒー美味しい!」
レオ、じっと唯を見つめる。
レオ「俺、時々思うんだ…小さな箱にさ、唯を閉じ込めて、いつもポケットに入れていられたらいいのにな、って」
レオの言葉にきゅんとする唯。
自然に、レオの顔が唯に近づく。もう少しで唇に触れる。
ドンドン、と音がする。顔を見合わせる唯とレオ。
唯母「唯―いないのー?」
唯「お母さん!なんでこんな早く…!」
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第13話
唯母「唯―あけてーお母さん、鍵忘れたのよー」
まだドンドンと部屋をノックする。
唯、慌ててレオの部屋を出る。
唯「お母さん、私なら、ここ」
唯母「は?何であんたお隣に…エプロンして?」
唯「あの…えっと」
レオ、唯の後ろから、ずいっと出てくる。
レオ「すみません。俺のせいなんです」
唯母「…は?」
○唯のうち リビング ダイニングテーブル 奥に母、向かいにレオと唯並んで座ってる
唯母「はあ…朝ご飯を作ってあげてたら、つきあうことになったのね」
唯「ごめん、隠してて…でも、ちゃんと話そうとは思ってたの」
唯母「まあ、朝なんかぱたぱたしてるな、ってベッドの中で思ってたのよね。あれは竜崎君の分の朝食作ってたのね」
レオ「俺が朝、弱くて。唯さんが見るに見かねて、です」
唯母「まあ、唯がやりそうなことだわ。朝食抜きなんてとんでもないって思ったのね。そういう娘に育てたから、よくわかる」
唯「お母さん…」
レオ「唯さんのメシ、マジで美味くて。俺、つい甘えてしまって」
唯母「うーん、確かに唯のごはんは美味しい。しかし、男の胃袋をつかむ力量があるとはねえ」
レオ、なんて言っていいかわからず、固まってる。
唯、自分がなんとかしなきゃ、と思う。
唯「あの、竜崎君が、朝弱いのは、遅くまでバイトしてバリスタの勉強してるからなの」
唯母「バリスタ?」
レオ「俺…一流のバリスタになりたくて、今、カフェでバイトしながら勉強中なんです」
唯「そうなの。バリスタの資格試験があってね。がんばってるんだ」
レオ「唯さんは、俺を支えてくれています。でも、それだけじゃなくて。俺にとって唯さんは、必要な人なんです。一緒にいると、もっと頑張ろうって思える…力をもらっています。まだつきあい始めですけど、唯さんを大事にしたいと思っています」
唯母「なるほどね。軽い気分でつきあってるんじゃないのは、わかった。でもね」
唯母、唯の方を見る。
唯母「あのね、お母さん福岡支社に行かなきゃいけないの。6月からよ。引っ越すことになる。悪いけど、竜崎君とは離れ離れになるわね」
唯「えっ。何それ。聞いてない」
唯母「そうよ。それ言おうと思って仕事早く切り上げて帰ってきたんだから。唯も高校に入学したばっかりだし、色々考えないと、と思って」
レオ「福岡…」
唯(竜崎君と、会えなくなる…?!)
唯母「竜崎君、資格試験ってのはいつあるの」
レオ「来月です。結果は、来月末にわかります」
唯母「じゃ、チャンスをあげます。その試験に合格したら、唯をここに置いていく。ダメだったら福岡に連れて行く」
唯「お母さん!」
レオ「…わかりました。俺、頑張ります」
唯母「話はまとまったわね。お帰りなさい」
レオ「はい」
がたっと椅子から立つレオ。
唯「レオ君…!」
レオ、にこっと笑う。部屋を出て行く。
ドア、ばたんと閉まる。
唯「お母さん、なんであんな条件出すの、レオ君、真面目にやってるのに!」
唯母「唯、頭、冷やしなさい。あんたまだ高校生よ。男の子とのつきあいが全てじゃないでしょ」
唯「そ、それはわかるけど」
唯母「竜崎君だけが条件つきなのは片手落ちね。ちょっと学校の行事予定表持ってきなさい」
唯、しぶしぶ持ってくる。
唯母「ちょうど、学力テストが来月あるわね。唯、苦手な数学で90点以上とりなさい。そしたら、ここに残ること、考えてあげなくもない」
唯「数学なんて…お母さん、なんでそんなことばっかり」
唯母「二人でやってくってどんどん出てくるハードルをガンガン越えてくってことよ。これくらいのハードル、軽く越えてみせなさい。そうじゃないと、親の目が届かないところでつきあうのは、認められない」
唯「…私が、頑張れば、お母さん、認めてくれるの、ね」
唯の目つきが変わる。
唯「…わかった。でも、レオ君の朝ごはんは作らせて。身体が資本だから」
唯母「しょうがないわね」
唯、自分の部屋に引っ込む。
唯母(ふう…あの子が自分からこうしたい、なんて言うこと滅多にないから、応援してあげたいところだけど。やっぱカンタンにつきあえばー、はないわー。ま、頑張りぶりをみせてもらおうかしらねー)
○翌朝 レオの部屋
テーブルに朝食をセッティングする唯を、レオが抱きしめる。
唯「おはよー、レオ君。こらこら、こぼしちゃうよー」
レオ「もう来られないかと思ってた…」
唯「うん。お母さんに言って、朝食作りはOKもらったの。レオ君、無理しそうだから」
レオ、じっと唯を見つめる。キスしようとして、ストップする。
レオ「…ダメだな。ちゃんと、お母さんに認めてもらってからにしよう」
唯、くすっと笑う。
唯「うん。そうだね。私も、それがいい」
レオ、はーっと息をつきながら、唯をぎゅーっと抱しめる。
レオ「クソ。できねえと思ったらなおさらしたくなってくる」
唯「だめだってば。ほら、ご飯にしよ?」
レオ、仕方なく、身体を離し、テーブルにつく。
○ それから一ヶ月。数学でいい点を取るために、必死で勉強する唯。
レオは、カフェ「マリア」でオーナーから指導を受ける。帰宅後は資格試験の勉強。眠くなりながらも、がんばってやる。
○学力テスト、資格試験の日が近づいた夜
唯のスマホが鳴る、自分の部屋にいる唯。
唯「レオ君?どうしたの?」