浮気ダメゼッタイ!悪役令嬢ですが一途な愛を求めます!
赤い顔のまま、テオドールはセリーヌに向き直ると、彼女の手をそっと両手で包む。
痩せ細った手だが、セリーヌよりも大きく骨張っていて意外にも温かい。その温もりにドキッとして顔を上げると、真剣な眼差しと目が合った。
「……私は……。私の命は、あとどのくらい残されているのか分からない。ですが、私は残りの生涯の全てをかけて、あなたを愛し抜きます。決して心変わりなどいたしません。貴女だけを愛し、未来永劫貴女だけが私の妃だと誓います。そのかわり、貴女も私だけを愛してほしい。どうか私の妃になっていただけませんか?」
自分だけを妃として欲しいと願ったが、愛して欲しいとは言わなかった。だが、「セリーヌだけを愛す」とテオドールが真っ直ぐ告げてくれたことに、セリーヌの心は揺らめく。
どうしてだか歓喜で胸がいっぱいになり、目尻に涙が滲んだ。
「……はい。殿下だけを、愛します」
気づくとそう自然に応えていた。テオドールを見ると、さらに顔を赤くしている。体調が優れないと言っていたから、悪化したのかも知れない。
セリーヌは、心を決めた。
「殿下。私の願いを叶えてくださる代わりに、私の秘密をお教えいたします」
「秘密?」
「はい。私の、父や母にも告げていない、秘密です」
セリーヌの神妙な面持ちに、真っ赤になっていたテオドールも、真剣に向き合う。アベルにこれまでどんな進言も聞き流され邪険に扱われてきたセリーヌにとって、その姿勢だけでテオドールの株が上がっていく。
「実は……私は生涯に一度だけ、聖魔法が使えるのです」
「聖魔法?」
「はい……。信じていただけないかもしれないのですが、使えるのは一度だけであることと、それがどんな病も傷も治せる万能な聖魔法だということが、なんとなく分かるのです」
これは恐らくゲームの『悪役令嬢の救済措置』だろう。記憶を取り戻した時、この力にも気付いた。シナリオ通りならば、今頃国外のどこかに嫁がされたり見知らぬ土地で捨てられたりと、困難な状況に陥っていたに違いない。
そのピンチを、一度だけ乗り切ることが出来る魔法なのだ。
テオドールは驚きつつもセリーヌの話を聞いている。
「アベル殿下の婚約者だった頃、婚約破棄されて国外追放を言い渡されたりしそうだったので、その時に使うことにしようと思っておりました。大切な家族に何かあれば、その時でも良いと考えていました。でも、アベル殿下とは無事穏便に婚約破棄出来ましたし、家族は皆息災です」
「ま、まさか」
セリーヌの言わんとすることを察して、テオドールはおろおろとし始めた。命令すれば従わせることができる立場なのに、セリーヌの力を自分の為に使うことに、申し訳なさを感じているのだろう。
その優しい心、セリーヌの気持ちを汲んでくれる彼に、この瞬間も惹かれていく。
もはや一度限りのこの力を使うことに、何の迷いもなかった。
「殿下、元気になられても、私との約束を、どうか守ってくださいませ」
そう言ってセリーヌはテオドールの手を両手で握り返し、そのまま額に当てて祈る。
『テオドール殿下のお身体が、病など吹き飛ばし強く健やかになりますように』
すると、セリーヌの手元が優しく輝き始め、陽の当たる明るい部屋に、少し光が増す。やがてテオドールの身体全体を光が包み、キラキラとした粒子が舞う。
「!」
テオドールの身体に、力が戻ってきた瞬間だった。