彼女の夫 【番外編】あり
一刻も早く帰宅しなければ。
誰にも会いたくない。
誰とも話したくない。

エレベーターのボタンを連打し、開いた瞬間に乗り込み『1』を押した。
早く・・早く降りてくれ。

スッと1階に到着し、ドアが開く。
気づかれたくなくて、視線を床に落としたままエレベーターを降りた。


「社長?」


聞き覚えのある声に顔を上げた。
声の主は、俺の顔を見て驚いたように言った。

「兄貴どうした。何かあったのか?」

「・・直生」

周りに誰もいなかったこともあり、俺も『専務』とは呼ばずに弟の名前を呼んだ。

「何かあったんだな。ひとまずここから出るか・・。タクシー拾うよ」

そう言ってエントランスから出て、通りを流しているタクシーをつかまえた。
『早く!』と手招きしている。

俺はありがたく、そのタクシーに弟と乗った。


「仕事か、プライベートか、どっちだ?」

直球で尋ねてくる弟に、俺は苦笑いした。

「プライベートだ。でも、会社にも迷惑をかけるかもしれない・・。すまない」

「どういうことだよ。犯罪はありえないし・・スキャンダルか? 芸能人とでも付き合った?」

「そうだな・・。その方がだいぶマシだったかもな・・」

「マシって・・」

遠い目で外を眺める俺に、弟も言葉を失くした。

タクシーは数分で俺の家のマンションに到着し、弟はすぐにアルコール度数の高い酒とグラスを出してきた。
しらふで話せるような内容じゃないと考えたんだろう。

俺たちはグラスも合わせずに、まずは1杯飲み干した。


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