彼女の夫 【番外編】あり
離れがたいのは、俺も同じだった。

いがみ合って別れたわけでもない。
許されない立場での恋愛だっただけで。

でも、これ以上誰かを巻き込むわけにはいかない。
今なら、まだ手遅れにならずに済む。


俺は首を横に振った。

「今日は、この後約束があるんだ。すまない」

「あ、ううん・・。私こそ・・無理を言ってごめんなさい。もう、ここで大丈夫。固定してもらったし、ゆっくり行けば・・」

ドアを開けた彼女を見て、俺もクルマを降りて助手席に回った。

「じゃあ。助けてくれてありがとう・・・・玲生さん」

彼女が立ち上がる時にバランスを崩さないよう、軽く抱き上げるような格好で助手席から降ろす。

サラリと揺れた髪から女性らしい香りがして、思わず腕に力がこもった。

「玲生・・さん?」

抱き締めてしまいたい。
このまま、ふたりでどこかに消えてしまいたい。

心の奥から湧いてきた衝動に戸惑う。


「俺が、社長じゃなかったら・・・・」

「えっ」

「蒼を奪って、どこかに逃げてた・・」


隠してきた想いが、口からこぼれる。

あの編集者から彼女を奪って、ふたりで暮らしたい。
いっそ、海外で・・。


抑え込んだ気持ちを自分自身に見せつけられて。
でも絶対に叶わないという、絶望感にひどく襲われた。


「行くよ・・。足、大事にして・・」

これ以上未練がましい姿を見せたくなくて、急いでクルマに乗り込む。

「あのっ、玲生さん、奪うって・・」

彼女が何か言いかけたのも聞かずに、俺はその場を去った。




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