彼女の夫 【番外編】あり
腕時計に視線を落とすと、まもなく16時になるところだった。

「ということは、向こうは23時か・・」

俺はジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出し、彼女に電話をかける。

プップップップッ・・。

『もしもし? 玲生さん?』

着信音に変わる前、接続音の途中で彼女の声が聞こえた。
思わず顔が緩んだ。

「蒼、いまお母さんを見送ったところだよ」

『そう・・大丈夫だった?』

「もちろん。次は蒼と3人で会いたいって」

『本当? そんなふうに言うなんてちょっと信じられないけど・・。玲生さん、母と何を話したの?』

俺は彼女の母親に伝えたように、彼女にも言った。

「蒼を愛してる・・って、蒼と歩く未来を選択したい・・って言ったんだ」

『えっ』

「ダメだった?」

『ダメなわけじゃないけど・・・・』


何だろう。
何かを言いたそうにしているものの、言わずに黙ったままだ。

「蒼? どうしたの?」

『・・・・私、言われてない・・』

「え、何を?」

『蒼を愛してる・・って、言われたことない」

あれ、言ってない・・か?
俺は口元を手で覆い、目を閉じて記憶を探った。

もしそうだとしたら、ここで言うべきか・・いや、謝るべきか。

「ごめん、言ってなかったか。だけど、蒼のお母さんに言えるくらい想いがあるってことは分かってほしいな」

『もう・・。そんなふうに言われたら、拗ねてる自分が恥ずかしくなる』

「可愛い。蒼ちゃん、早く帰って来ないかな〜」

そう言った俺に、電話の向こうにいる彼女と俺を応接室に迎えに来た高澤が、同時にプッと吹き出した。


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