愛してると言わせたい――冷徹御曹司はお見合い妻を10年越しの溺愛で絆す
「歌舞伎座にはないそうよ」

「そうですか、残念です。あの、そこまでの道のりで落とされたのでは。どこを歩いたか教えていただけませんか? 私が探しにいきます」

「行きはタクシーよ。でも帰り道で落とした可能性はあるわね……」

古くからの友人ふたりと昼の部の公演を観て、十五時頃に演劇場を出たそうだ。

その後、三人で蕎麦屋に行く予定でいたが、友人のひとりが『久しぶりにもんじゃ焼きが食べたいわ』と言うので月島まで徒歩で移動した。

『たまには歩いて足腰を鍛えないとすぐにおばあさんになる』

三人とも還暦間近なので、もうひとりの友人が笑ってそう言ったらしい。

成美はハンドバッグから手帳を出し、メモしながら真剣に聞いている。

歌舞伎座のある東銀座から月島まで最短ルートを通ったのではなく、あちこち寄り道したという。

通った道や立ち寄った場所、見たものなど、夫の母が覚えている限りの情報を書き留めて手帳を閉じた。

「これから探しにいってきます」

玄関を出ようとして腕にかけている紙袋に気づいた。

振り向いて紙袋から出した菓子折りを差し出す。

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