モノクロに君が咲く



 まだ居残って絵を描いていくというユイ先輩と別れて、私はひとり画材の確認をしに美術室へ向かった。

 部活動時間中ではあるものの、すでに閑散としている校舎内。特別教室が集まっている四階の廊下は、とりわけ静けさが際立っていた。

 今日も今日とて、私以外の美術部員は帰宅部と一緒に下校しているのだろう。そう思い込んでいたために、美術室の扉を勢いよく開けた私はぎょっとした。

 先客がいた。

「えっ?」

 見覚えのある人影に、思わず肝を冷やす。

 至るところに放置されたままの作品に囲まれながら、窓から差し込む煌々とした茜に背を向けている女子生徒。空気を含んだ肩上の髪がなびき、横顔を晒す。

 ゆっくりと振り返った彼女の正体に、私はさらに硬直した。

「……さ、沙那先輩?」

「あなた、学校やめたんじゃなかったのね」

 開口いちばん、また突拍子もない発言だ。

 もしや私が知らないだけで、そういう挨拶が流行っているのだろうか。

「それ、さっきもユイ先輩に言われたんですけど」

 ツンとそっぽを向く彼女は、榊原沙那先輩だ。

 緩やかなウェーブを描く亜麻色の髪。赤系アイシャドウが濃いめに施されたメイク。怖いものなどなさそうな、キリリとした顔立ち。なによりその豊満な……胸。

 齢十八とは思えぬほど全身から大人の色気を滲ませる沙那先輩は、私を見て隠しもせず鼻白んだ。

「あっ、まさかユイ先輩に変なこと吹き込んだの沙那先輩ですか?」

「言いがかりね。一ヶ月も来てないならやめたんじゃない? って言っただけよ」

「やっぱりそうじゃないですか!」

 沙那先輩は、ユイ先輩の元カノだ。又聞きした話だが、私が入学する前、つまり先輩たちが一年生のときに、ほんの数ヶ月ほど付き合っていたらしい。

 美男美女。並ぶとすごくお似合いで、ほんの少し面白くない気持ちはある。

 だが一方で、引力が強い沙那先輩は悩みがちなユイ先輩を導いていけそうだし、実際相性はそこまで悪くないんじゃないかな、とも思っていた。

 まあ、口から流れるように零れ出てくる嫌味の嵐は玉に瑕だけれども。

「……それで、沙那先輩はこんなところでなにを?」
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