モノクロに君が咲く
こううだるような暑さでは、まともに気分転換もできやしない。
すぐに閉めて、ついでにカーテンも引いた。
そのままの足でアトリエ──もとい自宅の離れを出て、母屋へ足を向ける。
隅々まで職人に手入れされた日本庭園風の中庭を横目に縁側の板間を踏み、無人の和室をいくつか通り抜けて、奥の炊事場へ。
すると、先客が「あら?」とほんわかとした声を落としながら振り返った。
「珍しいですね。結生さんがここへ来るの」
「幸枝さん」
一瞬、彼女の後姿が、今は亡き母に重なって見えた。どきりと跳ねた心臓を悟られないように、俺は平然を装いながら「こんにちは」と小さな声で返す。
「ちょっと、喉が渇いて」
「夏場ですからね。こまめに水分補給しないと脱水症状になってしまいますよ」
「うん。兄さんたちは?」
「正隆さんはいつも通りお仕事です。千代春さんは……そうですね、私室にいらっしゃるんじゃないでしょうか。この時間ですと、お稽古中だと思います」
そう、と俺は軽く会釈しながら冷蔵庫を開ける。
右上にミネラルウォーターが数本入っていた。一本そこから抜いてみると、やはり俺の好きなメーカーのものではない。この家の人間が俺の好みを把握しているわけがないから当然なのだけど。
「ごめんなさいね、結生さんの好きなお水切らしちゃってて。緑茶のストックはありますけど、出しましょうか?」
……ああ、この人を除いて。
「いや、平気」
正確には幸枝さんはうちの人間ではないけれど、まあ似たような存在ではある。
いわゆる、お手伝いさんだ。