モノクロに君が咲く
それは容易に想像できる。ぴくりとも表情を動かさず、わかっているのかわかっていないのかも判然としない感じ。彼特有の、先輩ワールド。
「付き合ってる最中だって、キスのひとつもしたことなかった。彼女なんて名ばかりで、結生があたしを見てくれたことなんて一度もなかったわ」
「……それは……」
「別れるときもそう。『別れて』って言ったら、なんて返してきたと思う? 『うん?』よ。疑問符よ! 付き合ってたことすら忘れてたのよ、あいつ!」
ここまでくると、もはや気の毒になってくる。次から次へと溢れ出てくる愚痴の数々に、私はひたすら同情の目を向けることしかできない。
同じ恋する女の子としては、共感する部分も多々ある。
けれどそれは、結局、私の好きな相手のことなわけで。
複雑だ、となんともあやふやな顔をこしらえていた私に、沙那先輩は吐き捨てるようなため息をついた。八つ当たりしてひとまず鬱憤は晴らしたらしい。
一度大きく深呼吸して荒ぶった息を整えると、改めて私に向き直る。
「……でも、そんな結生が」
キュッ、と。まるで鈍い痛みを堪えるように、沙那先輩が眉根を寄せる。
「あの唐変木の人形が、ここ一ヶ月、ずっと気がそぞろだった」
「へ?」
丁寧にネイルの施された爪先が、柔らかそうな手のひらに食い込んでいた。
「あなたのせいよ、小鳥遊さん」
「……それはまた、どういう意味で?」
責めるような口調と共にキッと睨みつけられ、私はさすがに狼狽えた。
「あなたがいなかったこの一ヶ月、結生は一枚も絵を完成させてないの」
思わず「えっ」と口から素っ頓狂な声が飛び出した。