モノクロに君が咲く
先生はどこかホッとしたように表情を和らげながら、私の絵を覗き込んできた。
「なにか描きたいものがあるの?」
「はい。久しぶりに評価を気にせず描いてるものだから、すごく楽しいです」
「そっか。それはよかった。心の持ちようは体調にも関わってくるからね」
「本当に。病は気からって言葉、ほんとに馬鹿にできないなってずっと思ってますよ」
それからしばらく先生と他愛のない話をした。先生が仕事に戻ったあともスケッチブックに向き合っていたら、いつの間にか眠ってしまったらしかった。
そして起きたとき、いちばんに見つけたのはユイ先輩の残り香。
机の上に置いてあったメモ用紙に記された『おはよう。寝顔、ごちそうさま』という先輩の癖のない綺麗な字。
今日も来てくれたんだと素直に嬉しくなって、けれど起きていなかった自分が心底嫌になって、なぜか無性に、どうしようもなく泣きたくなってしまった。
「……死にたくない、なあ」
こんなにもつらいのは、それほど先輩が好きだからだ。
ユイ先輩は、私の光そのもの。
いつだって私が手を伸ばす先には、ユイ先輩がいた。
深い深い水の底から見上げると、水面越しにはいつもこちらを見下ろす月がいた。
その月は、遥か遠く、届かないけれど、静かに私を導いてくれる存在だった。
今までも、きっとこれからも。
「これからも、先輩とずっと、生きてきたかった……っ」
夜が来るたび、朝が来るたび、私はノートを捲ってユイ先輩との思い出を記録する。
思い出せる限りを思い出して、明日へ繋げるのだ。
忘れたくない。ユイ先輩と過ごした時間は、絶対に忘れたくないから。
だから、これは絶対に完成させる。
たとえぎりぎりになっても。
たとえ私の命と引き換えにしても、必ず。