モノクロに君が咲く

「接近禁止……ってなにしたんだよおまえ……」

「わからない。俺にとっての鈴の存在が、どんなものなのかを考えてほしいって言われた。それがずっと、はっきり掴めなくて悩んでる」

 鈴がいない。その状態で生きていけるのかと言われたら、正直わからないのだ。

 そんなの無理だと心では思うのに、いざ離れてみると、俺の体は変わらず呼吸をして、変わらず鼓動を刻み続けている。案外、ちゃんと、生きている。

 当然といえば当然なのだろう。けれど、それが無性に不可思議にも思えた。

「昼間、鈴のコンクールの作品を見てさ。鈴が見ている世界を俺も見れたらわかるかなと思って、絵の具を引っ張り出してきたんだけど……」

 無駄に複数の絵の具を広げたパレットを持ち上げて膝の上に置く。久方ぶりに鮮明な状態で見る絵の具は、まだどれも混じり気のない色をしている。

「やっぱ描けない、とか?」

「……いや、逆」

「逆?」

 平筆で赤を掬い、そのまま空に透かすようにかざしながら俺は目を細めた。

「描けるような気がした。色のある世界を」

「ほ、お?」

「これまでは、いくら想起しても色のある世界を思い描けなかった。でも、今は不思議なくらい色がわかる。……俺が見えている世界の色のつけ方が、わかるんだ」

 どこに何色を置けばいいのか。どこをどう表現すればいいのかが感覚でわかる。あれほど、鉛筆一本で灰色の世界を表現し続けてきたにもかかわらずだ。

「いつの間に俺の世界は色づいたんだろうって考えてみたけど、そんなのわかりきっててさ。──鈴がいる世界だから、そう見えるんだよ」

 それこそ、目が開けられなくなるほど眩しいくらいに。
< 179 / 217 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop