モノクロに君が咲く
でも、決して心がないわけではないのだ。むしろ人一倍、繊細だと思う。
──だって心がない人に、あんな絵を描けるわけがないから。
「……あなたは違うのよ。小鳥遊さん」
「私、ですか?」
「あなたはもう掴んでる。きっとあたしにはわからない世界を見てるんでしょうね。皮肉なことに、自分が外側にいるとそれが嫌というくらい感じられるわ」
顔を拭うような仕草をしてから、沙那先輩がおずおずと振り返る。
深みのある栗色の瞳は、淡く濡れそぼって頼りなく左右に揺れていた。
「あいつは今、変わろうとしてるの」
いくつもの感情が複雑に入り交じる、名前のない色。これを表現できるのはきっとユイ先輩くらいだろうななんて、頭の隅っこでぼんやりと考える。
「それはきっとあなたのおかげで、あなたの存在ありきのものなのよ。正直、悔しいし羨ましいけど。でも、あいつは放っておいたらいつまでも……それこそ延々と底なし沼にいるから。だから、あなたが必要なの」
「……私、ユイ先輩にとってそんなに重要な存在なんですか」
「そうよ、ちゃんと自覚しなさい。結生を沼から引き上げて陽の光を浴びさせてあげられるのは、きっとあなたしかいないんだから」
これはこうだと言い切る。沙那先輩の強いところだ。
私とは、違う。私はこんなにも強くなれない。……なりきれない。
「あなたが病気だってことはわかった。けど、それとこれとは話がべつ。あなたが結生とどんな展開を望んでいたとしても、他人の気持ちだけは変えられないのよ」
そこまで言うと、沙那先輩は今日初めて、小さな笑みを口許に滲ませた。