モノクロに君が咲く
「大袈裟でしょ。絵と散髪は違うし」
ベンチから立ち上がったユイ先輩は、私が手に持ったままだった鉛筆を抜き取ってキャンバスの横に置いた。まだアタリしか描かれていないモノクロのキャンバスだ。
今さらながら、はて、とささやかな疑問を浮かべる。
「あまり筆が乗らなかった感じです?」
「……まあ、ね」
一瞬の間ののち、ユイ先輩は小さく肩をすくめた。
「ハサミ、教室に行けばあるかな」
「あ、私持ってますよ。筆箱にいつもいれてるから」
「じゃあ、貸して。あといらないプリントがあればそれも」
「はーい」
言われるがまま、スクールバッグからハサミとノートを取り出して先輩へ手渡す。
中指にペンだこが拵えられたユイ先輩の骨ばった指先は、それでも色が白くて綺麗に見えるから不思議だ。私のかさついた手とは比べ物にもならない。
「元がその形じゃ限界があるけど……リクエストは?」
「お任せします。見た感じ、おかしくない程度に直してくれれば充分です」
「了解」
ベンチに座ると、おもむろにプリントを持たされた。
どうやらこの上に切った前髪を落としていくらしい。幸い今日は風もほぼ吹いていないから、飛んでいってしまうこともないだろう。
「……それで。君の休んだ理由、ままならない事情っていうのは言えないことなの」
「え。知りたいですか?」
ちょきん、とハサミの先が額の上で動くのを上目遣いに見ながら聞き返す。
「知りたいわけじゃないけど」
「ふふ、ならいいじゃないですか。たいした理由でもないんですよ」
ハサミの向こう側に見えるユイ先輩の顔は、相変わらず無表情だ。