ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
「久しぶりだね」
一瞬浮かべた驚きの表情を、すぐに柔和な笑みにかえた彼。一方私は、何食わぬ顔で挨拶をするどころか、目をそらすことさえできない。
少しだけシャープになった輪郭が、もとからの魅力に成熟した大人の色香を加えている。くっきりとした二重まぶたの目は変わらず蠱惑的で、熱い視線を注がれていた当時を思い起こさせるけれど、今の彼の瞳に甘さはなく、どこか人を寄せつけない雰囲気が漂っている。
「どうして、ここに……」
やっと絞り出せたのがそのひと言だ。
『いったん在外公館勤務になれば、三年は帰れない』
プロポーズのときにそう聞いていたため、まだあと一年は遠い海の向こうにいる、ここで遭遇するはずはない。そう思っていた。
「この春から本省に戻ったんだ。逆に俺の方がきみにそれを聞きたいな」
「え……」
「きみこそどうしてここに?」
尋ねられると思っていなかったので慌てる。
「わ、私は……お弁当の配達に来ただけです」
「お弁当の配達?」
怪訝そうにつぶやいた彼に、しまったと焦る。彼は私が語学教室の仕事を辞めて実家の弁当屋を手伝っていることを知らない。どうしてかと尋ねられたら困る。芋づる式に気づかれたくないことに気づかれてしまいそうだ。
下手なことを口走る前に、この場から立ち去らなければ。
「私急ぎますので! 失礼します!」
「さやか!」
呼び止められたが振り返らず、一目散に自転車置き場に向かって走り、逃げるようにその場を離れた。