ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
 『さやかを嫁に出すまでがんばらねば』

 祖父は口癖のようにいつもそう言っていた。
 だから外泊相手と結婚するのならきっと許してくれるはずだ。
 謝って正直に本当のこと言おうと口を開きかけたところで、祖父が言った。

『太一(たいち)のやつが出て行った』

 太一は一緒に暮らしている叔父で、おかもとの後継ぎだ。
 その叔父がいなくなった。
 店の売り上げも消えていたという。

『放っておけ。どうせすぐに帰ってくるわ』

 祖父は自分との言い合いが発端だろうと言った。
 似た者親子のせいか、ささいな口喧嘩は日常茶飯事だったので、私も頭が冷えたら叔父も帰ってくると思っていた――が、一向に戻ってこない。

 祖父はなんだかんだ言いながらも、叔父のことを心の中では頼りにしていたのだ。途端に気力を失い寝込みがちになった。

 残された祖父と私、そしてローン五百万円。
 仕出し屋から弁当屋への転身、そしてそれに伴う大規模な改装を提案したのも、叔父だった。

 このまま櫂人さんと結婚してもいいの?
 
 昔気質でがんこなところもあるけれど、愛情深くかわいがってくれた祖父のことが、私も大好きだった。祖父のおかげで大学進学もイギリスへの短期留学もできた。
 それなのに、こんな状態の祖父をひとり残して私まで出て行くなんてできない。
 
 櫂人さんに相談すれば、なにかしら助け船をくれるかもしれない。彼はとても優しく頼りがいのある人だ。

 だけど海外勤務について行くことができないのに、彼の優しさにすがろうとするなんて、誰が許しても自分が許せなかった。彼の(かせ)になるなんて耐えられない。

『結婚のお話は、なかったことにしてください』
『さやか……どうして』
『ほかに好きな人ができたんです』

 たとえ嘘でも彼以外の人を好きだと言うのは、身を切られるようにつらかった。
 けれど、けっして涙はこぼさなかった。

 彼はしばらく呆然としていた後、絞り出すような声で『そうか、わかった』とだけ言った。

 彼を怒らせることも覚悟していたから、すんなり受け入れてもらえたことを喜ぶべきなのに、引き留めてほしかったと思ってしまう自分が悲しかった。

 私達の婚約は一瞬でうたかたとなって消えた。


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