ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
 祖父は私の隣まで来ると櫂人さん見て口を開いた。

「お客さん、初めてですよね。せっかく来てくれたのに、なにもなくて申し訳ない」
「いえ、こちらこそ閉店間際にすみません」

 店主とお客の何気ない会話なのに、妙に心臓がどきどきしてしまう。目の前の男性が拓翔の父親だと知ったら、祖父はどんな反応をするだろうか。激高して殴りかかってもおかしくない。冷や汗が吹き出しそうになる。

 そんな私の心情など知る由もない祖父は、目の前のお客に笑みを向ける。

「初来店記念に卵焼きをサービスしとくから、また懲りずに来てやっておくれ」
「ありがとうございます」

 恐縮しながらも頭を下げる櫂人さんをぼうっと見ていたら、祖父こちらを見てが眉を跳ね上げた。

「なにぼうっとしてるんだ。早く焼いてあげなさい」
「あ、はい!」

 叱られて慌てて厨房に入った。私が卵焼きを焼いている間中、祖父と櫂人さんはなにやら楽しげに会話をしていたのが気になったけれど、卵焼きを焦がすわけにはいかない。手元に集中した私に、会話の中身が聞こえてくることはなかった。

 そうしておにぎりの代金を払った櫂人さんは、焼きあがった卵焼きを手に爽やかな笑顔でお礼を言った。去っていくその後ろ姿を、安堵とせつなさがない交ぜになった複雑な心境で見送った。

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