ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
 シンプルなモノトーンのランニングウェアに身を包んだ櫂人さんは、私と目が合うと長い足をこちらに向けた。

「どうしてここに……」

 驚く私に、彼は「ふっ」と息を吐くように笑う。

「三回目だな、そのセリフ」
「あ……」
「きみのところの店長にランニングスポットを聞いたら、ここを勧められたんだよ。そんなことより」

 いったん言葉を切った彼が、ちらりと私の隣に視線をやる。

「やっぱり子どもがいたんだな」

 心臓が止まりそうになった。
『やっぱり』ってどういうこと? いつからバレていたの?

「あのとき……本省で出会ったあと、君が乗って帰った自転車にチャイルドシートがついていたから、もしかしたらと思って」
「あ……」

 あのときは半分パニックで、あの場から立ち去ることしか考えていなかった。けれど彼の方は、私のことを冷静に見ていたのだ。
 恐る恐る振り返ると、真っすぐな視線がこちらに注がれていた。

「あのときの相手と結婚したんだよな? それで子どもが生まれて、今はあの弁当屋で働いているんだろう?」

 違う! 結婚なんて……あなた以外の誰かを好きになったことなんてない!

 そう叫びたくてたまらない気持ちを、下唇をきゅっと噛んでこらえる。このまま誤解されていた方が助かるのだからと自分に言い聞かせ、小さくうなずいた。

「そうか……それなら俺もいいかげん……」
「櫂人さん?」
「いや、なんでもない。おめでとう。幸せそうでよかった」

 櫂人さんはなにか言いたそうにしながらも、それをのみ込むように微笑んだ。
 一瞬眉を寄せた彼がどこかつらそうに見えたのは、きっと気のせい。自分勝手な願望を抱いて彼の祝福に傷つくなんて、そんな権利私にはない。

「名前、なんていうのかな?」

 櫂人さんがレジャーシートに座る拓翔に目線を合わせるようにしゃがみこむ。拓翔の顔をのぞきこまれた瞬間、背中に冷たい汗が噴き出た。

 気づかれたらどうしようと心臓が凍りつきそうになったとき、拓翔は逃げるように私にしがみついてきた。

「ごめんな、怖がらせちゃったかな……」
「いえ、こちらこそすみません……人見知りなんです」

 初対面の相手には人見知りをする息子の性格が、今は少しありがたい。
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