ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
「拓翔と言います。一歳……半です」

 月齢を少しサバを読んでしまった。拓翔は体が小さめの方だし、言葉もあまり早い方じゃない。
 自分に子どもがいなかった頃は、幼児の数か月の違いなんて全然分からなかったものだ。

「櫂――結城さんにもお子さんは……」
「結婚していないのに子どもなんていないよ。それどころか恋人すらいない。ずっとひとりだよ」
「嘘……」

 一瞬にして胸中に複雑な思いが駆け巡った。
 結婚していないけどあなたの子はここにいますとか、こんなに素敵な人にずっと恋人がいなかったなんて、とか。喜んでいいのか悲しんでいいのかすら分からない。 

 もしかしてなにか感づいてたり……とじっと見あげたら、なぜか彼は口もとを手で押さえて顔をそらせた。

 意味が分らずさらに見つめると、彼はいったん視線をさ迷わせた後、こちらに顔を向ける。

「嘘じゃない。きみと別れてすぐ、突発的に欠員の出た在米日本国大使館に一等書記官として赴任した。それからずっと仕事漬けの日々だったんだ。まさしく仕事が恋人だな」
「そう……なんですね……」
「ああ。おかげでまともな家庭料理なんてご無沙汰だよ」
「それじゃあ体を――」

 ――壊してしまいます。そう言いかけてやめた。〝どの口が言う〟だ。

 あのまま結婚していたら、私も一緒にアメリカに行っていたはず。そしたら食事のサポートくらいはできた。でもそれを壊したのは私。
痛む胸を押し隠す私に、彼は嬉しそうな笑顔を向けてくる。

「だから昨日の卵焼きもすごくおいしかった。なんだかほっとする味で、ああ日本に帰ってきたんだと思えたよ」
「そうですか……」

 いつもなら、お客さんから褒められればすぐに笑顔で「ありがとうございます」と返せるのに、今はそれができない。そうしようとしたらきっとすごく変な顔になる。

 中途半端な相づちの後、黙ってしまった私。なぜか彼もなにも言わない。
< 22 / 93 >

この作品をシェア

pagetop