ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
「うまそうだな」

 気まずい沈黙を破ったのは彼のそんなセリフ。

「ウィンナーがタコさんだ。器用なもんだなぁ。さすがプロのお弁当だ」
「プロってわけじゃ……」
「しかもおにぎりはパンダだなんて。本当にすごいなぁ」
「いえ別に簡単なので……」

 俵型のおにぎりに海苔を切って貼っただけなので、やろうと思えば誰にでもできる。
 けれどどうやら拓翔はパンダを褒められたことがお気に召したらしい。それまで黙って私にくっついていたのに顔を上げた。

「たっくんのぱんらしゃん、しゅごい?」
「ああ、とってもすごいよ。たっくんはパンダが好きなの?」
「しゅきー!」

 即答した拓翔に櫂人さんが相好を崩す。お弁当箱やフォークがパンダの上、おにぎりまでパンダなので一目瞭然だったのだろう。

「かわいいな。ママのごはん、すごくおいしそうでいいね」

 櫂人さんがにこにこしながら拓翔に話しかける。始終笑顔の彼に、拓翔も打ち解けてきたみたい。

「まましゅきー! ぱんらしゃんもー!」

 拓翔のセリフに櫂人さんが「あははっ」と笑う。

「よっぽど好きなんだな。おじさんも好きだよ」

 最後のところ一瞬視線をこちらに向けた櫂人さんにドキッとする。
バカね。今のは『パンダが』ってことでしょう。

「パンダと言えば、動物園で赤ちゃんパンダが見られるよな。よかったら今度――」

 言いかけて途中でやめた彼は、首をかしげた。

「そう言えばパパは? 今日はお仕事なのかな?」

 どきっとした。大慌てでごまかそうと口を開きかけたけれど、拓翔の方が早い。

「ぱぱ、おそりゃ!」

 空を指さしながらそう言った拓翔に、櫂人さんが「え⁉」と目を見張る。

 少し前に拓翔から『パパは?』と聞かれた。保育園の行事の後だったから、お友だちにパパがいるのを見て疑問に思ったのだろう。
『拓翔のパパはお空の向こうにいるよ』
私のその言葉をきちんと覚えていたのだ。

「お空……それって……」

〝まさか〟という表情でこちらを見た櫂人さんから、思わず視線をそらした。
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