ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
 今まで考えないようにしてきただけで、本当はこんなふうに、彼に息子を抱いてもらいたかったのだ。
 特別なことなんてなくてもいい。平凡な毎日を親子三人そろって暮らせたらどんなにいいだろう。

 ううん、ダメよ。彼には彼の人生があるのだから。重荷にだけはなりたくない。あのとき――彼に別れを告げたとき、そう誓ったじゃないの。

 気づかないふりをしてずっと心の奥でふたをしてきた感情が、ささいなことであふれ出しそうになる。それを無理やり振り払って、こっそり目もとを拭った。

 パンダ舎を出た後、櫂人さんの腕からなかなか下りようとしない拓翔に両手を差し伸べたけれど、ぶんぶんと勢いよく頭を横に振られた。息子に振られたことのない私はショックを隠せない。

「高いところからの景色が新鮮なのかな」

 そう言うや否や、腕の中の拓翔をひょいと持ち上げて肩に乗せた。拓翔は初めての肩車にきゃっきゃと歓声を上げる。

「たっくん、怖くないか?」
「あい!」
「さすが男の子。頼もしいな」

 そのまますたすたと歩いていく。呆気に取られていた私は出遅れてしまい、慌ててついて行こうと足を踏み出したのだけれど、そのタイミングで目の前を学生服の群れが横切った。修学旅行らしき生徒たちだ。

 黒い波はなかなか途切れない。やっとのことで最後尾が通りすぎ、急いでふたりのもとへ向かおうとしたが姿が見当たらなかった。

「拓翔……櫂人さん……どこ?」

 きょろきょろと見まわしてみるけれど、肩車をした背の高い男性の姿はない。

 どうしよう。どこに行ったの……?
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