ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
 連絡を取るためにスマホを出そうと思い、背中のリュックを下ろしたところで、後ろから声が聞こえた。

「さやか!」
「ままぁ!」

 振り返ると、拓翔を抱いた櫂人さんが速足でこちらにやってきた。ふたりの顔を見てほっと胸をなで下ろし、手を伸ばしてきた拓翔を両腕で抱きかかえる。

「ママが迷子になったらだめだぞ」
「まま、まいご、めーよ」
「ご、ごめんなさい……」

 櫂人さんだけでなく拓翔にまで叱られてしまい、しゅんとうなだれた。すると次の瞬間、さっと手を取られた。

「……っ」
「迷子にならないようちゃんとつないでおかなきゃな」

 いたずらな笑みを浮かべた彼が、掴んだ手をぎゅっと握りしめる。甘くきらめく瞳に見おろされ、一瞬で顔が熱くなった。慌てて顔を伏せたら、頭の上で「ふっ」と笑う気配がする。

「そういうところも変わってない」

『そういうところ』――それがどんなところかなんて聞かなくてもわかる。付き合っていた頃も、今みたいにささいなことですぐ真っ赤になっていた。そのたびに彼は『かわいい』と口にしていたけれど――。

「そんなこと、ありません……」

 今の私はあの頃とは違う。洋服は洗濯重視のファストファッションで、髪型もシュシュでひとつにくくっただけ。お化粧だって最低限だ。女子力なんて子育ての合間にどこかに忘れてきたとしか思えない。

 拓翔を産んだことは決して後悔していないけれど、かけられる時間もお金もない今の自分が彼の目にどう映っているのかを考えたら、今すぐこの場から走って逃げたくなる。
 無意識に手を引き抜こうと力を入れたとき。

「そうだな、変わったところもあるよな」

 やっぱり彼の目にも違いは一目瞭然なのだ。

 胸が軋むように痛んだとき、指を絡めるように手をつなぎ直された。驚いて顔を上げると、力強い視線とぶつかった。
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