ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
「昔よりも大人っぽくてきれいになった。母親になった君は俺が見たことない顔をする。凛としていて、何度だって見惚れてしまうよ」

 言われ慣れない賛辞に唖然としたあと、せっかく引いてきた顔の赤みが見る見る戻ってきた。

「それなのに困るな、そういうところはかわいいままだなんて。愛しすぎて我慢できなくなるだろ?」
「なっ!」

 なにを言っているの? からかわないで。
 そう言いたいのに真剣なまなざしに口を開けない。

 つないだ手に力を込められる。視線すらそらすことができずにいる中、薄くて形のよい唇が開いていくのがスローモーションのように見えた。

 ――とそのとき。突然拓翔が私の腕から抜け出し、走り出した。

「ぽっぽー! まてまてー」
「あ、待って。ひとりで行かないで」

 ハトを追いかけていく拓翔に声をかけるが、人の波間を縫って行ってしまう。「あ」と思ったときには拓翔が女性の足にぶつかって転んだ。

「拓翔!」

 慌てて駆け寄り抱き上げると、しがみついて泣きだした。

「ごめんなさい。けがはありませんか?」
「大丈夫です。こちらこそすみませんでした」

 相手に先に謝られ、慌てて私も頭を下げた。女性が軽く会釈をして通り過ぎようとしたとき。

「北山(きたやま)?」

 後からやってきた櫂人さんが言った。

「結城首席! 奇遇ですね、こんなところでお会いするなんて」

 ぱっと花が咲いたような笑みに、胸の内がざわめいた。改めて目の前の女性を見る。

 丸みを帯びた体はすらりと高い。小さな輪郭は透けるように白く、ぱっちりとした瞳と形のよい桜色の唇が並ぶ。艶のあるブラウンヘアーは手の込んだハーフアップになっていて、身に着けているものも流行を取り入れたファッションだ。
頭の先から爪の先まですべてが完璧だ。
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