ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
「お知り合いですか?」
「ああ、彼女は今の職場の部下で――」
「経済局政策課の北山香子(きょうこ)と申します。もしかして、首席の妹さんでしょうか」
「あ、私は……」

 訂正しようとして途中で口をつぐんだ。下手なことを言えば、櫂人さんの迷惑になるかもしれない。北山さんは私の無言を肯定と取ったようだ。

「いつも結城首席事務官にはお世話になっております」

 そう言って深く腰を折ったあと彼女は、自分も姉家族とパンダを見に来たのだと言った。

 活舌のよい滑らかな話し方に圧倒されていたら、彼女が「そう言えば」と櫂人さんの方を向いた。

「先週末に首席がおっしゃっていた各国のシェルパとの事前準備の件ですが、予定通りの日程で調整できそうだとあちらの在外公館を通して連絡がありました。ですので明日さっそく」
「北山」

 すらすらとよどみなく言い続ける北山さんを制するかのように、櫂人さんは彼女の名前を口にした。

「わかった。が、悪いが今はプライベートだ。急ぎの案件でなければ、また明日登庁後にしよう」
「そう、ですよね。大変失礼いたしました」

 はっとした顔になり頭を下げた北山さんに、櫂人さんが予期せぬひと言を投げる。

「妹じゃない」
「は?」

 北山さんと私がいっせいに櫂人さんを振り仰ぐ。

「彼女は、さやかは俺の大事な人だ」

 はっと息をのむ音。私も北山さんも瞬間冷凍のように一瞬で動きを止めた。が、先にそれが解けたのは彼女の方だった。

「それってどういう」
「たっくん、おなかぺこたーん!」

 突然そう叫んだ拓翔。今の今まで人見知りを発揮しておとなしくしていたけれど、どうやらお腹の虫には勝てなかったらしい。あっという間に櫂人さんの腕の中で「ごはんー!」と騒ぎだした。誰に似たのかお腹が空くと小さな怪獣になるのである。

「そうだな、そろそろそういう時間だもんな。お昼にしようか」

 拓翔に向かって櫂人さんがそう言うと、なにか言いたそうにしていた北山さんは諦めたように小さく息をついた。

「お休みのところお邪魔いたしました。ではまた本省で」

 そうして軽く会釈をして去っていった。

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