ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
 おかもとの弁当に加えて自分たちの分まで作るために、いつもよりかなり朝早く起きたのは事実。だけど別に無理をしたわけではない。それよりも緊張と高揚でなかなか寝つけなかったと言ったら、彼はいったいどんな反応をするのだろう。

「それに、食もあまり進んでいなかったようだし」
「それは……味見をしすぎてお腹いっぱいだっただけです」

 気づかれていたことに驚きつつも、まさか胸がいっぱいだったからとは言えず、取ってつけたような言い訳が口からこぼれた。

「とにかく。忙しいところを誘ったのはこっちなんだから。遠慮しないでほしい」
「でも……忙しいのは櫂人さんの方じゃないですか。それなのに、連れてきてもらってその上子守りまでなんて――」
「さやか」

 遮られるように名前を呼ばれ視線を上げると、なぜか笑顔の彼。ついさっきまで曇っていた表情が嘘のよう。

「久しぶりだね、きみからそう呼ばれるのは」
「あ……」

 再会してからずっと名字で呼んでいたのに、うっかり下の名前で呼んでしまったのだ。慌てて言い直そうとしたが止められる。

「そのままでいい。昔のように名前で呼んでもらえた方がうれしいから」
「……はい」

 私がうなずくと彼はふっと小さく笑う。

「真面目なところも変わってないね、さやか。そういえばあの頃もよく言っていたよな、もっと頼ってほしいって。でもそうだな、きみが甘えることができなかったのは、俺の度量不足のせいだよな」
「そんなことは!」
「ない、というなら今は甘えて。少し休んでおきなさい」

 優しく言い含めるようでいて、有無を言わさない響きもある彼の言葉に、私はおずおずとうなずいた。

「いい子だ」

にっこりと微笑んでそう言った彼は、私の頭を軽くぽんとはたいてから、拓翔を抱いて広場の方へと向かっていった。
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