ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
 ここ『おかもと』は、母方の祖父、岡本大典(おかもとだいすけ)が営む弁当屋だ。

 東京都心の裏路地にひっそりとたたずむこの小店は、官公庁からほど近く、高級料理店や料亭がひしめくエリアに隣接している。
 もともとは先代が仕出し店として始めたものだが、数年前に思い切って弁当屋へと転身を図った。
 本格的な和食の味つけでありながら、手頃な価格と家庭的だが飽きの来ないメニュー作りが功を奏し、昔馴染みだけでなく新規リピーターも少しずつ増え、なんとか細々と営業を続けられている。

 そんなおかもとの店員は、店主の祖父を除くと私だけだ。
 細々とはいえ、ふたりで切り盛りするのは大変で、今みたいにどちらかが休憩に入るとお客の少ない時間帯でもてんてこ舞いになることも少なくない。

 アルバイトをひとり雇えば違うのだろうが、残念ながらその余裕はない。数年前に改装をしたときのローンがほとんど残っている。

 祖父は来年で七十になる。まだまだ足腰はしっかりしているけれど、無理は禁物な年齢だ。私が少しでも祖父の助けにならなければいけない。
 それでなくても慌ただしい毎日だ。自分のことなんて二の次三の次になる。

 幸い、百五十五センチの凹凸(おうとつ)に欠けた体はエプロンで隠れるし、伸ばしっぱなしの黒髪はくくって三角巾で覆ってしまえばいい。
 最後に美容院に行ったのはいつだっただろう。
 平凡で童顔な顔立ちには、お化粧をしてもしなくてもあまり変わらない。

 この夏で二十七になろうかというのに、女性らしい色気や華やかさなんて、どこにもない。

 でもそれでいい。
 今は浮かれたことを考えている場合ではない。

 祖父を助けて、この店を続けて行く。
 一番大事なものを守って生きていくのだ。

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