ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
「同僚から安くておいしい上に配達もしてくれるって聞いて初めて注文したのだけど、期待以上のおいしさだったわ。特に、メインメニューがすべて完売したからって、わざわざ焼いていただいた出汁巻き卵は今まで食べた中で一二を争うほどね」
「あ、ありがとうございます」

 なにを言われるかと緊張したけれど、思いがけず誉め言葉をもらえた。
 が、喜んだのはつかの間。

「だけど大失敗だわ」
「え!」

 配達した弁当になにか不備があったのかと青ざめかけたところで、北山さんは苦り切った表情で口を開く。

「首席にどこの弁当か尋ねられて、得意げに『いいお店見つけたんですよー』なんて教えなきゃよかった。まさか自分の好きな人のキューピッド役になるなんて」

『好きな人』というセリフにどきりとした。

 薄々感じてはいたけれど、やっぱり彼女は櫂人さんのことを想っているのだ。
 
 同時に、彼女がずっと苦い顔のままでいる理由もわかった。北山さんは自分が櫂人さんにおかもとを紹介したのがきっかけで、私達が出会ったのだと思い込んでいる。

 違う、そうじゃない。私達はもっと前から関わりがあっって、北山さんを介して知り合ったわけではない。

 そのことを口にしようとしたが、できなかった。
 櫂人さんと私は〝別れた恋人同士〟。それ以上でもそれ以下でもない。

 それに彼女は私に子どもがいることを知っているのだ。万が一、変な勘繰りをされて櫂人さんになにか言われたら困る。櫂人さんに打ち明けていないことを、赤の他人に知られるわけにはいかない。

 黙ったまま下唇をきゅっと噛んだら、北山さんが眉間のしわをいっそう深くした。
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