ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
「あなた、結城首席がどれほどの仕事をしているのか、きちんと理解しているの?」
「いえ、私は」

 櫂人さんがどんな仕事をしているか、詳しい内容は知らない。つき合っていたときもそうだったけれど、彼は仕事の中身についてはほとんど語らないのだ。機密事項もあるだろうからと、私も自分からあれこれ聞いたことはない。

「結城首席はアメリカから帰国してすぐ、今の『経済局アジア太平洋協力室』の室長に就任された。アジア太平洋は日本だけでなく世界経済の発展には欠かせない地域よ。そんな国益につながる重要な職務を請けおっているのが結城首席なの」
「すごい」

 初めて知った彼の職務に驚きつつも、心の底から感心した。日本にとって大事な仕事をしていることはわかっているつもりだったけれど、具体的な内容を聞くとさらに尊敬の念が増す。

「在米大使館の勤務のときも一時期ご一緒したけれど、すばらしい外交力であちらの方々からも一目置かれていたわ。外務大臣からは『未来の日本を創る人間のひとり』と言われて、異例のスピードで首席事務官になったの」

 北山さんはきらきらと瞳を輝かせながらそう言った後、意志の強そうなまなざしで真っすぐに私を捉えた。

「結城櫂人という人間は外務省にとって――いえ、日本にとってなくてはならない人材です。ルックスやステータスにつられた軽い気持ちならお引き取りください」
「違います! 私はそんな気持ちで彼と一緒にいるわけじゃありません」

 彼が持って生まれた容姿も努力して手に入れた今の仕事も、どちらもすばらしいものだと思うけれど、私が好きになったのは、彼の真摯で優しく温かい人となりだ。決して見た目や地位に惹かれたわけじゃない。

 強い気持ちで北山さんを真っすぐに見つめ返す。しばし見つめ合う形になったが、彼女は一瞬視線をさ迷わせた。

 けれど、再び私を真っすぐ射るように見つめる。

「余計なことだとは重々承知してる」

 視線の鋭さに無意識に息をのんだ。
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