ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
「今でもきみを愛している」
英国大使館を出た後、櫂人さんの車からものの十分で降りることとなった。
着いたのは、いまだかつて足を踏み入れたことのない、高級感漂う高層ビルのエントランス。ドアの前に立つアテンダントに車を預け、中へ入る。
「か、櫂人さん、ちょっと待って」
てっきり家に送られるものだと思っていたので、まさかホテルに入るなんて思いもよらない。
彼は私の声が聞こえているはずなのに振り返りもせず、長い足でずんずん進んでいく。手を引かれているため自然と小走りになった。
艶やかな大理石の床に音を立てながらエントランスホールを奥へ進む。制服を着たコンシェルジュが「おかえりなさいませ」と美しい所作でお辞儀をするのが視界の端に流れて行った。
まるで別世界に迷い込んだみたいで呆然としているうちに、気がついたらエレベーターの中にいた。ドアが閉まったところではたと我に返る。
「どうしてホテルに」
「いや、ここは俺が住んでいるマンションだから大丈夫」
大丈夫って……!
ホテルではないからいいという問題ではない。抗議の声を上げようとしたが先回りされた。
「もとの服に着替えたら送る。今着ているものはすぐにクリーニングに出してもらうようコンシェルジュに連絡しておくから」
彼は手に持っている紙袋を軽く持ち上げてこちらに見せた。私の服だ。ヘアサロンで着替えた後、そこに入れてずっと彼の車に置いてあった。
「このままで大丈夫ですから」
いくら昔の恋人だからって、つき合っていない男性の自宅にすんなりついて行くわけにはいかない。櫂人さんを信用しているとかいないとかではなく、女性として当然の判断だ。
とにかくここから出ようと行先ボタンに手を伸ばしたら、手首をつかまれた。
「は、離して」
「離しても逃げないと誓ってくれるか?」
眉を下げて弱ったような表情でのぞき込むように首をかしげられ、どきっと胸が跳ねる。リンゴが木から落ちるように、縦に振りそうになった首を、ぎりぎりで左右に振った。