ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
 忙しく店番をしているうちに祖父が戻ってきた。入れ替わりで休憩に入る。

 休憩とは名ばかりで、実際は家事タイム。仕事を上がったあとの息つくひまもない第二幕に備えておく必要がある。

 いつものごとくお昼休憩はまたたく間に終わり、店に戻る。するとちょうど祖父が受話器を置くところで、私の顔を見るなり口を開いた。

「おお、さやか、ちょうどよかった。悪いけどこれから配達に行ってくれんか?」
「うん。もちろんいいよ」
「配達が済んだらその足でお迎えに行ってきていいぞ」

 祖父は私の方をちらりとも見ずに、七十手前とは思えないほど華麗な手さばきで卵焼きを焼きながら言った。

「え、いいの? 大丈夫?」
「ああ。メインが全部はけたし、今日はもう店じまいだからな。明日の分の仕込みは、また後で頼む」

 今日の売れ行きは好調だった。定刻より少し早いけれど、メインメニューが終わったら閉店。それは以前ふたりで話し合って決めたルールだ。

「たまにはお迎え一番乗りで喜ばせてやんな」
「ありがとう、おじいちゃん」

 笑顔でお礼を言って注文票に手を伸ばした。きっといつものように私しか読めない字で書かれているであろうメモを手にした瞬間、笑顔が凍りついた。

「こ……ここ……」

 張りついたようになった喉からどうにか声を絞り出した。そんな私とは反対に、祖父はあっけらかと言う。

「どうした、読めんかったか? 霞が関の外務省だぞ」
「外務、省……」
「そうだ。珍しいこともあるもんだな。なんでも、口コミでうちのことを知ったらしくてなあ。海外勤務のあとにはやたら日本食が食べたくなるんだと」

 そこまで言ったところで祖父は私を見て、怪訝そうな顔をした。

「どうしたんだ、さやか。いつもよりちょっと遠いけど、自転車で行ける場所じゃないか」
「う、うん……」
「それじゃ、頼んだな」

 祖父にぎこちなくうなずいて見せた私は、配達の準備に取りかかった。
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