ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
 着替えが終わり、リビングへ向かう。もとの服に戻ったらなんだかほっとした。慣れないドレスを着て、肩に力が入っていたのだろう。

「おまたせしま――」

 リビングのドアを開けた瞬間、目の前に広がる景色に目を奪われた。

 全面ガラス張りの窓からは昼下がりの明るい日差しがたっぷりと降りそそぎ、青空の下のビル群を斜めに見下ろす。
 東京のど真ん中とは思えないほどの開放感あふれる光景だ。

「コーヒー飲まないか?」

 振り向くとキッチンのカウンター越しに櫂人さんと目が合った。断りの文句を口にするより早く、かぐわしい香りが鼻をくすぐる。

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

 この一杯を飲んだらすぐに帰ろう。そう心に誓い、勧められたダイニングチェアに腰を下ろす。

「お砂糖とミルクは?」
「いえ、大丈夫です」

 手を軽く振りながら答えると、彼はふっと笑ってから向かい側に腰を下ろした。

「変わってないんだな」
「え?」
「つき合いたての頃、きみがコーヒーも紅茶もストレートで飲むと知ったときには驚いたな。てっきり、なんとかラテとか甘いのが好きなのだろうと思っていたから」

 生クリームがたっぷり乗ったラテやフラペチーノも嫌いではないけれど、それらは私の中ではスイーツのくくりなのだ。普通に飲み物として口にするなら甘くない方を好む。

「櫂人さんこそ、変わってないんですね」

 彼のカップをちらりと見る。

「似合わないだろう? 砂糖もミルクもたっぷりのコーヒーが好きだなんて。笑ってくれてもいいぞ」

 照れくさそうにはにかんだ笑顔に、胸がとくんと波打った。
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