ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
「さやか!」
「離してください」

 玄関に向かう途中で腕をつかまれたが、振り返らない。

「待って。どうしたんだ急に。拓翔君のことが気になるのか? それなら送るから一緒に――」
「結構です。ひとりで帰れますから」

 腕を振り払おうとしたが、逆にぐいと強く引かれ振り向かされる。櫂人さんがくっきりとした二重まぶたを見開いた。

「さやか……」

 潤んで真っ赤になった瞳に気づかれたのだろう。「なんでもありません」と言って、目をごしごしとこすったら、手を握って止められた。

「そんなにこすったら腫れてしまう」

 眉を下げた表情から彼が戸惑っているのがわかる。

 私はいったいなにをやっているのだろう。北山さんに焼きもちを焼いたりなんかして。

 毎日職場で顔を合わせる彼らは、お互いのことをよくわかっている。
 北山さんが櫂人さんのことをよく見ているように、彼もまた彼女のことをしっかり見ているのだ。

 仕事だから当然だと頭ではわかっているのに、櫂人さんが彼女の肩を持つのが嫌だった。

 だけど一番腹が立ったのは、そんなふうに思ってしまう自分だ。
 嫉妬したりうらやんだりする資格が私にあるはずがない。それを捨てたのは間違いなく自分自身なのだ。
 それなのに、どうしても櫂人さんが彼女の側に立って私に謝るのを見たくなかった。

 羨望と嫉妬と自己嫌悪で胸の内側が荒れ狂う。おへそのあたりに力を入れ、息を吸い込んだ。

「今日はありがとうございました、楽しかったです。でも次からは他の方を誘ってください」
「他の方って……俺はさやかと」
「荷が重いんです!」

 遮るように言うと彼が息をのんだ。胸が裂けるように痛むのをこらえ、声を絞り出す。

「私には無理です。外交の延長のような場なんて向いていません」
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