ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
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 頼まれた注文を配達し終え、庁舎から一歩出た。大きく息をつき、任務完了にほっと胸をなで下ろす。

 ここに来てからずっと、いつも通りを装いながらも内心では緊張していた。
 警備員がいるような門をくぐっての配達に慣れていないせいもあるけど、原因はそれだけではない。〝あの人〟の職場なのだと思ったら、いるはずがないと分かっていても鼓動が乱れるのを抑えられない。

 一刻も早くここから立ち去ろう。

 自転車置き場へと急ぎながら、ついさっき弁当の受け渡したときのことが脳裏によみがえった。

 注文主は、見るからにキャリアウーマンといった雰囲気の若い女性で、白くすべすべとした手には、上品なピンクベージュのネイルが光っていた。

 それに比べて私ときたら……。

 短く切りそろえられた爪。がさがさの肌。指先に至っては、ひび割れや逆むけでとても見られるものじゃない。日に何度も手を洗い、洗剤を使っているせいだ。
 せめて夜寝る前くらいはハンドクリームを塗ろうと思っているのに、気づいたら寝落ちしてしまっている。

 注文主の女性をはじめ、庁舎内ですれ違う女性たちはみな、頭のてっぺんからつま先まですべてが女性として完璧だった。
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