ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
 思わず口から「はあ」と盛大なため息が漏れる。

 ここにはあんなに素敵な女性がたくさんいるのだ。だからあの人だってきっともう――。

 そう考えた瞬間、胸がぎゅっと引き絞られるように苦しくなった。

 あれからもう三年近い歳月が過ぎたというのに、思い出は色あせることなくいつまでも胸の奥に居座っている。

 会いたくない。でも会いたい。ひと目でいいからもう一度だけ――。

「ばかね」

 本当に会ったら困るくせに。

 愚かな考え振り払うように頭を振り、自転車に向かって足を速めたとき。

「きゃっ」

 角から出てきた人と出合い頭にぶつかった。
 すぐさま「すみません!」と言いながら顔を上げた瞬間、息をのんだ。

「さやか……?」

 信じられないという顔をしたその人に、私は返事どころか呼吸すらできない。

 真横に伸びた二重の目とやや上に上がった眉。
 筋が通って高い鼻梁、厚みの均一な薄い唇。
 それらが、シャープな輪郭の小さな顔の中に見惚れるほど美しく並ぶ。

 一八三センチの長身で均整の取れた体躯にぴたりと合った三つ揃えのスーツと、整髪剤を使って整えられた黒髪も、あの頃とまるで変わっていない。

 大人の男性の持つ色香と精悍さを併せ持った彼こそが、私が今まさに心に描いていた人物。

 約三年前に別れた元恋人、結城櫂人(ゆうきかいと)だった。

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