ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
「櫂人さん!」

 眉を吊り上げ私に、彼は笑みをすっと消して真剣な表情になった。

「だれになにを言われてもいい。きみたちのことを隠すつもりはない」
「え」
「あの夜、俺がきみを孕ませたのは事実だよ。結婚する予定だったとはいえ、もっと気をつけるべきだった。きみのこれまでの苦労を思えば謝っても謝りきれないくらいだ」
「それは」

 私が自分で選んだ道だから櫂人さんが謝ることじゃない。そう言おうとした矢先。

「だけど後悔はしていない」

 彼はきっぱりと言い切った。

「あの夜があったから拓翔が生まれた。こんなにもいとおしい存在を悔いたりしたくない。むしろ全世界に叫びたいよ、こんなにかわいい奥さんと息子がいるってことを」
「櫂人さん……」

 彼の深い愛情に胸が熱くなった。あふれ出す想いを言葉に換えることができなくて、衝動的に体をくるりと反転させて彼に抱きついた。

 唐突な私の動きに驚いたのだろう。彼は一瞬動きを止めたけれどすぐに背中に腕を回してぎゅっと抱きしめて返してくれる。

 髪の上を滑るように頭を優しく撫でられて、心地好さにまぶたを下ろしかけたとき、思わぬ言葉が聞こえてきた。

「おじいさんから許しがもらえたら、俺もさやかの家で暮らしてもいいだろうか」

 驚いて顔を上げたら、彼はいとおしげに目を細めて微笑んでいた。その顔にすぐに気づいた。彼は、祖父をひとりきりにしたくないという私の気持ちを汲んでくれているだ。

「次の海外勤務までまだしばらく時間がある。それまでにおじいさんも交えてみんなでこれからのことを考えて行こう」
「……っ」

 胸の底からこみ上げた熱い塊が、喉を通ってまぶたまでを一気に焼いていく。気づいたときには両目から涙があふれ出していた。

 しゃくり上げる私を抱きしめ、彼は私の涙をそっと指の背で拭う。

 ほんの一瞬、唇にふわりと温もりを感じてまぶたを持ち上げると、すぐ目の前に端正な顔があった。
 くっきりとした二重まぶたに囲まれたダークブラウンの虹彩が濡れたように光る。

 吸い寄せられるように唇を重ねていた。


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