ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
 上下の唇をそれぞれ啄むように食まれ、鼻に抜けるような声が出る。瞬間、開いた隙間から彼の舌がぬるりと差し込まれた。
 反射的に引こうとする舌をすばやく絡め取られ、引き出すように吸われる。

 表面のざらざらしたところをすり合わせられて、ぞくんと腰から痺れが這い上がってきた。彼の服をぎゅっと握り締めたら体が持ち上げられ、ふわりとした浮遊感に彼の首にしがみつく。
 深く舌を絡めたままに、彼は悠然と長い足を動かしてリビングへ移動した。

 窓辺の大きなソファーに私ごと腰を下ろした後も口づけは続く。息苦しくなって「んんっ」と声を上げながら彼の胸を軽く叩くと、やっと解放された。それでも腰に巻きついた両手が外れる気配はない。

 彼の瞳が蠱惑的に光っている。いつも穏やかな彼が内に秘めている熱情の証だ。

 経験が少ないながらも彼がなにをしたいのかがわかる。
 だけど彼は仕事から帰ったばかりでまだ夕飯も食べていない。時間も遅いし疲れているだろうから少しでも早く体を休めてほしい。

「あの、夕飯を」
「そうだな」

 言ったのに彼は一ミリも動こうとしない。「あの」と声をかけると、彼が目を意味ありげに細めた。

「さやかの手料理も楽しみだが、まずはきみ自身で満たされたい」

 ぺろりと耳の端を舐められ、「ひゃっ」と首を竦ませる。

「俺はどうやら、さやかに飢えている間は空腹を感じないらしい」

 情欲をたぎらせた瞳にじっと見つめられ、体の芯がきゅんと疼いた。今にも飛びかかってきそうな気配すらあるのに彼はそうしない。きっと私の意志を尊重してくれているのだ。

 胸の間で握りしめていた手を彼の背中に回す。ぎゅっと力を込めると、彼も背中に腕を回して抱きしめ返してくる。甘えるように肩口に額を擦りつけられていとおしさが胸からこみ上げた。

「私も……」

 顔を上げた彼と見つめ合う。羞恥心を追い抜くように勢いのまま口を開いた。

「私も櫂人さんで満たされたいです」

 彼は一瞬驚いた顔をした後、花がほころぶような笑みを浮かべる。

 どちらともなく惹きつけられるように唇を重ねた。


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