ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
エピローグ
飴色に磨かれた重厚な木製ドアが両側から開かれ、バイオリンやフルートの生演奏が清らかな音色を奏で始める。
すっと鼻から息を吸い込んで背筋を伸ばし、隣に並んだ祖父とそろって一礼した。
真っ白な大理石の上を一歩ずつ、ゆっくりと祭壇に向かって進んでいく。
薄いシフォンに覆われた視界の中で、純白のドレスの裾が揺れ、腕に乗せた手からは祖父の緊張が伝わって来た。
『おじいちゃん。今まで本当にありがとうございました』
ほんの数分前、閉じたドアの前で祖父に告げた言葉は、そんなありふれたものだった。
もっとなにか、特別な言葉で感謝を伝えたかったのに、あふれ出す感情にぴたりとはまる言葉がまるで見つからない。
『今度こそ幸せになるんだぞ。おまえの幸せがわしの幸せだ』
そう言った祖父の声が震えていて、胸の底から熱い思いがこみ上げた。声を出すと泣いてしまいそうで、しっかりとうなずくことしかできなかった。
バージンロードの先で櫂人さんがこちらを見つめている。祭壇の奥にある大きな窓からは木漏れ日が降り注ぎ、黒いタキシード姿の彼がきらきらと眩しい。
彼のところまであと少し。そう思いながら足を持ち上げた瞬間、これまでの記憶がさざ波のように押し寄せてきた。
ちょうど三年前の今日、彼からプロポーズされたこと、夢のよう幸福な夜、一転した苦渋の別れ。
浅い眠りの中で手に取るはずだった幸せな未来に浸り、目が覚めて現実を知ったときのことは、今思い出しても胸が痛い。
予期せぬ妊娠は不安だらけで、眠れない夜には彼の名前をおまじないみたいに何度も唱えた。
彼にはもう会えないけれど、私にはこの子がいる。生まれてくる日を心待ちにしながら、別離の痛みをまぎらわせた。
分娩台の上で聞いた産声は、今も耳に残っている。
「ままぁ!」
新婦側の席から呼ぶ声がした。叔父に抱かれた拓翔がにこにこと笑顔で手を振っているのが目に飛び込んできて、頬のこわばりがふわりとほどけた。
あの産声がこんなにも元気に私を呼ぶようになった。そのことがなによりうれしい。