変 態 ― metamorphose ―【完】

「そういえば、ママが二十年くらい前に八重子さんに会いに来たって聞いたんだけど。そのときチカくんはママに会ったりした？」

「え……。輝子さんに？」

「うん。なんか様子がおかしかったらしくて。チカくんは会った？」

「おれは……」

「会ってないの？」

そう言った瞬間、けたたましいブレーキ音が脳髄まで響いた。
身体ががくんと前のめりになって、軽く宙に浮く。
喉がひゅっと絞まり、全身で「死」を強く感じた。

かみさま。

願うような一瞬が訪れ、なにか強い力で身体をグッとシートに押し戻された。

ぶつかる背中。
ゴム鞠になった心臓が、身体じゅうを跳ね回る。

とつぜん踏まれたブレーキは、目をつむる余裕なんてなかった。
信号無視をした車はこちらを気にすることなく走り去り、つめたい汗がつうっと額を流れた。

「いち花っ、大丈夫？」

「えっ、うん」

「どこかぶつけた？　痛いところは？」

「ううん。怪我とかは、なにも……」